『旧伊東伝左衛門家』で煎茶!
 昨日、『旧伊東伝左衛門家』で煎茶のサービスがありました。
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 『旧伊東伝左衛門家』は、飫肥藩の上級家臣団の屋敷が並ぶ、横馬場通りと八幡馬場通りに面した一角にあり、昭和59年に当時の所有者『日南信用金庫』から日南市に寄付されたものです。
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 建物は典型的な上級家臣の屋敷で、19世紀中頃に立てられたもの推定されてます。  
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 屋敷地の南面と東面は高さ2m以上の切石の石垣が積まれています。
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 今回の煎茶のサービスは、佐野艶子さんのご尽力によるものです。
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 当日は、日曜日でお天気も良く多くの皆さんが煎茶のサービスを受けていました。
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 お庭は、武家屋敷に典型的な枯山水の庭がつくられています。
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 佐野さんは、普段ご主人と一緒に飫肥城の『観光ガイドボランティア』でもご活躍されています。
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 昨年までは、商人通り(本町)の『旧山本猪平家』でなさっていたようですが、「こちらが庭の眺めも良く落ち着きます。これからも利用させて下さい。」とのことでしたが、私たちも多くの皆さんに喜んで頂くとともに、このような由緒施設等の有効活用を図る面からも一緒に協力して参りたいと考えます。

 ここでちょっと!
 飫肥城下町では、昨年10月に映画『半次郎』のロケがありました。ちなみにここ『伊東伝左衛門家』は、島津の『西郷の家』としての撮影場所となりました。
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 玄関の前には立派な門まで設置され、表札には『西郷』と記されていました。
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 庭では、西郷どんの弟小兵衛役の『一條 俊』さんが、薩摩の武道「横木打ち」をしていました。
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 この映画『半次郎』は今年の九月に公開予定です。
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何か出るか!
 今年の7月から、飫肥城の大手門入り口に窓口事務所を設置する予定です。
 このため、設置予定箇所の埋蔵文化財の調査を行いました。
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 場所は大手門に向かって右側の裏手の案内板との間で、広さは1.6m×2,6mの僅かな範囲です。
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 調査は市文化生涯学習課が実施するものです。発掘作業はこれまで各地の埋蔵文化財の発掘調査を行っているベテランの皆さんです。
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 皆さんは、手際よくしかも慎重に掘り下げていきます。
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 掘り起こした土は、後で埋め戻すため、深さや場所などにより分別して置きます。 
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 この場所は、既に大手門復元工事が行われておるため、江戸時代の表土のところまで掘り下げることです。そして手前には側溝の蓋が現われました。
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 更に掘り下げると、漸く江戸時代の昔の表土が見えてきました。盛土と違ってとても堅いのではっきり区別できます。
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 深さを測ると、60cm~70cmです。
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 予定した発掘調査は終わりましたが、大手門復元工事時に使用された釘や木切れなどの外、新たな発掘物の発見は、ありませんでした。
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 今回の発掘作業をしていただいた皆さんです。
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 本日はお疲れさんでした。皆さん方は、市内至る所の埋蔵文化財発掘作業をされているとのことですが、これまで貴重なものも発掘されたようです。
 ところで、この場所には、四月以降に大手門の窓口となる管理事務所が設置されます。そして七月から城内に入る場合は有料となります。このためこの場所で入館券の販売等の業務を行うことになりますが、ことについては3月市議会に諮られることになっています。
東国原知事!ようこそ飫肥城へ
 今日、東国原宮崎県知事が飫肥城にお見えになりました。
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 実は、これは有名な八女石で作られた知事の石像です。高さ1.28m,幅0.5m、重さ250kg で堂々としたものです。この石像は、昨年福岡県八女市で開催された福岡県商工会議所の青年部連合会会員八女大会の時、東国原知事に記念講演を頂いたお礼に、地元八女の青年部の皆さんが作ったものです。
 縁があって、この石像を日南商工会議所の青年部の皆さんが、いただくことになりました。

 そこで、飫肥にお見えになる皆さんをお迎えしていただいたらどうか・・・と言うことで飫肥城観光駐車場に設置することになったものです。そこで、観光客が最初にお見えになる観光ガイドボランティアの控え室前の雨に濡れない場所でお迎えしていただくことになりました。
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 本日はあいにくの小雨の中でしたが、今朝、未だ観光客がいない間に、軽トラックの荷台で横になり、毛布に包まれて到着です。
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 日南商工会議所青年部の役員の皆さんの手によって慎重に設置作業が行われました。
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 そして漸く、知事に座していただきました。居心地がいいのか、満足そうに何となく微笑んでいらっしゃるようです。
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 知事! 未だ少し寒いかも知れませんが、日々暖かくなります。同時に飫肥はこれから本格的な観光シーズンを迎えます。飫肥城下町『食べあるき・町あるき』も好評です。飫肥に多くの観光客の皆さんにお出でいただくよう、これから知事の本領を発揮していただきたいと思います。
 また、観光客の皆さんとの記念撮影にも気軽に応じていただきたいと思います。
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 記念撮影の第一号は、本日知事をお連れ頂いた日南商工会議所青年部役員の皆さんです。  設置作業お疲れ様でした!
 飫肥藩主伊東氏の軍神と称えられ、飫肥藩280年・伊東氏14代の基礎を築いたのが、名武将『山田匡得(やまだきょうとく)』です。 『飫肥城歴史資料館』には豊後藩主『大友宗麟』から賜ったとされる甲冑が展示してあります。 この伊東氏の武将『山田匡得』の墓を訪ねました。
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 都城との境にある酒谷地区の国道222号から約200m農道に入り込んで行くと、記念の石碑を見つけました。
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 この記念碑は、飫肥藩と都城を結んでいた旧飫肥街道に設置されています。
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 その記念碑から山手の方を見ると、小川の向こうに小さな祠が見えました。以前はここに橋が架かっていたのだと思います。最近手前の杉林が伐採されたようで、きれいに見通せるようになっていました。
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 その神社の鳥居の中央に『匡得神社』と掲げてあります。
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 祠の中には、賽銭箱の後ろに墓石らしき石が祀ってあります。
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 墓石の文字ははっきり読み取れませんが、『学翁京得居士』と刻してあるようです。
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 ここの神社の墓石は、『山田匡得』が仕えた伊東氏と飫肥城の覇権を巡って長い間攻防を繰り広げた島津氏の城の方を向け、睨みを利かして建てられています。
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 『山田匡得(やまだきょうとく)』は、慶長年間(1596~1614)から酒谷の地頭を命じられ、酒谷城主として島津氏の押さえとしての責任の重大さを痛感し、専ら武備を整え武術を練っていたそうです。その方法の一つとして弓術を奨励し、島津との国境に近い白木俣というところに的場を設けて大声で囃して気勢を挙げさして訓練させたそうです。このため、薩摩人は藩境に備えあるを知り、境を侵すことはなかったのだそうです。飫肥の『四半的』は、これが起こりともいわれています。
 飫肥藩伊東氏の軍神と言われた武将『山田匡得』は、享年79歳だったそうですが、亡くなった後も祀られて、地区民と一緒にしっかり飫肥藩を守っていたのでしょう。
『着物供養』
 去る21日(日)『振徳堂』で、珍しい『着物供養』が行われました。
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 『振徳堂』玄関入口の階段には、酒谷川に花筏流しに見せた飾りがしてありました。
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 広間の正面には、着物供養の祭壇が作ってありました。
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 法要の後、桜博士といわれている北郷の黒木さんが桜など植物との関わりなどについて、講演がありました。
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 この『着物供養』は、都城市の『(有)砧(きぬたや)の会』の黒木勝彦さんの提唱で行われており、今年で11回目になるそうです。
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 十種供養の教えに『衣服供養』ということが書かれているそうです。着物姿で『着物供養』をすることは、タンスに眠っている着物を着る機会であり、虫干しにもなるそうです。
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 『着物供養の日』はもともと明暦3年1月18日から19日の世界3大火事と言われる『振袖火事』が起こりだそうです。着物にとっては受難の日でも、これが新しい文化の芽生えを促すことになって『着物供養』になったとのこと。これが新暦の2月であったので、この月に供養を行うようになったとのことです。
 砧(きぬたや)の会では、小袖幕の着物の鑑賞をしながら、花朝祭を再現した虫干し遊びをされるそうです。黒木さんに聞くと来年第12回目もここの『振徳堂』で着物供養をしたいとのことでした。私たちとしても施設等の有効活用を図る上から協力してまいりたいと思います。
 現在、特別公開されている『旧高橋源次郎家』を見学しました。
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 初めての見学でとても楽しみです。正門から入ります。
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 門をくぐると右側に立派な石の灯篭があります。恐らく日南海岸の自然石を運んで築かれたものでしょう。
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 早速、玄関からお邪魔して、主家の中を見学さえていただきました。入り口には石甕に春の花木がおいてあり、心配りが感じられました。
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 先ず、玄関から上がって右側の6畳間には、見事な金の屏風が飾ってありました。
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 また、そこには日南市市制施行10周年記念式典に際し、贈られた表彰状が掲げてありました。
 これは現在市民の憩いの場となっている『竹香園』は、元々高橋氏の別邸であったものを市に贈呈されたもので、この功績を称えたものです。
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 ここが、お客を迎える本来の玄関の上がり口だと思われます。
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 ここの板戸には色鮮やかな見事な孔雀が描かれ、その奥には当時では珍しい大きな鏡のある更衣室がありました。
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 さらにその奥には当時としてはモダンなタイル張りの風呂場や風情のある洗面所がそのまま残されています。
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 そして一番奥の庭に面した部屋で源次郎氏の姪のにあたる西村様にお会いしました。ここが客間なのか後ろには、素晴らしい襖絵が目に入ってきました。
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 そこには、明治の初めに書かれた掛け軸も飾ってあります。
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 そこからは、隣接して中庭が造ってあり、眺めることができます。
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 外の納屋や蔵などに行く通路は全て屋根が設置されています。
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 通路の奥には、当時の台所や離れの蔵などが残されています。
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 帰り際、正門の前で、高橋家所縁の皆さんにお見送りをいただきましたが、このような素晴らしいしかも価値の高い建築物を見学させていただき有難うございました。
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 この『旧高橋源次郎家』は飫肥の実業家で貴族議員でもあった高橋源次郎氏が、明治中頃に建てられたものだそうです。
 母屋の屋根は、寄棟で茅葺から瓦葺に変わる最初のものであったようです。
 いずれにしても、当時実業家であった高橋家でしか見られない贅沢なつくりですが、今でも高橋家の所縁の皆さんのご尽力で当時のまま残されています。 現在は、歴史的にも大変貴重な屋敷で、当地域における歴史的文化資源としても価値の高い建築物だと思います。何とかこれからも大事に守っていくべき、いや守らなければならない大変貴重な建築資源だと痛感しました。
 飫肥城下町にはこのような大変貴重な建造物などが何とか守られています。しかし空き家になると朽ち果てるのはあっというまです。市も、このような貴重な建築物は、他人に任せるのでなく最優先的にその手立てを考えるべきです。

『旧高橋源次郎家』で泰平踊!
 2月21日11時30分から本町の『旧高橋源次郎家』で、本町保存会の皆さんにより『泰平踊』が公演されました。
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 『旧高橋源次郎家』は現在特別公開されていおり、屋敷内の奥の中庭で『泰平踊』が行われました。
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 ここで『泰平踊』が踊られるのは、小村寿太郎侯が外務大臣の時帰省して以来のようです。
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 約100年振りの『泰平踊』の公演に、お客さんも大変感激されていました。
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 『高橋源次郎』氏所縁の皆さんもご一緒に記念撮影です。
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 『高橋源次郎』氏は1866年(慶応2年)生まれで、県議会議員や貴族議員として郷土のため活躍されました。
 特に、1900年一時中断していた『泰平踊』を復活されたことは有名です。また飫肥の名園『竹香園』は氏の別邸だったもので、その後日南市に寄贈されています。

 当日は、『泰平踊』の公演は2回があり、1度目は11時から飫肥城内の犬馬場の広場で公演されました。
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 いずれも多くの観光客の皆さんが観覧され、飫肥の歴史のある伝統文化の『泰平踊』に感激され、記念撮影など、カメラに収まっていました。
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 こちらの皆さんは、この後、飫肥城下町『食べあるき・町あるき』で町の散策を楽しんでいらっしゃいました。
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『二見家住宅』
 宮崎市高岡町の市指定有形文化財「二見家住宅」が、昨年5月17日から一般公開されています。
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 この住宅の近くには、薩摩藩の関所「去川(さるかわ)の関」があります。
 「去川の関」は、薩摩藩の境目番所の一つで、島津氏、第16代当主 島津義久(1533年~1611年)が、国境防備のため「高岡郷」「穆佐(むかさ)郷」「綾郷」「倉岡郷」、そして佐土原藩へ通ずる『薩摩街道』の要衝に関所を設け、厳しい取り調べが行われたようです。
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 関所の御定番は、「二見岩見守久信」以降、廃藩置県まで「二見家」が11代にわたってつとめてきたそうです。 その二見家が代々住んでいた屋敷が、修復工事を終え現在公開されているものです。
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 木造平屋で、来客者を迎える「座敷棟」と、生活空間として使用した「居室棟」の二棟が、外から見ると分かれているように見えるが、内部ではつながっている「二棟造り」となっています。
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 こちらは、上級身分の人が宿泊や休憩する場所として使われた『座敷棟』、藩主が参勤交代の際に立ち寄ったとのこと。 嘉永6年(1853)には、薩摩藩主島津斉彬が領内巡見のため高岡郷へ向かう途中、二見家で休憩したそうです。
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 『座敷棟』には濡れ縁もあります。これは当時に忠実に復元されているとのこと
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 この濡れ縁の樋は竹でできています。
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 『居室棟』から『座敷棟』を見ると広々としています。
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 また、『居室棟』と『座敷棟』の境のテンマの天井は竹の半割りが並べてあります。
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 土間や板の間も広々としています。
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 こちらは、『居室棟』の板の間にある『囲炉裏』。昔はどこにでもあり懐かしい感じがします。
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 屋根瓦の1箇所だけ残っていた二見家の家紋入り瓦です。
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 16世紀末から江戸初期にかけて、去川は「佐理川」と書き、「さりかわ」とも呼ばれていた。
『薩摩街道』-薩摩城下から領外へ至る街道の中で、極めて重視されていたのは、西目筋(にしめすじ)と東目筋(ひがしめすじ)の二つの街道でした。
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 この『二見家住宅』は、宮崎市と合併前の旧高岡町が、2005年度から修復工事を行い、柱や壁など使える部分は極力再利用した。総事業費は約1億8300万円。敷地面積は1908平方メートルで、述べ床面積は272平方メートル。
 公開日は、土、日、祝日の9:00~16:30で、問合せ先は、宮崎市文化財課(TEL0905-21-1836)です。
 現在、地元住民ボランティアによる、住宅のガイドも行っているようです。
 今、寄ってみたい飫肥のお店!
 飫肥商人通り(新町)にある、今、寄って見たいお店です。
 『ちりめん細工作品展』が開かれています。
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 JR飫肥駅の方から来ると『稲荷下橋』を渡って、すぐの左側にある『祝・日・土』というお店です。
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 今、ここでは店の中いっぱいに、につるし飾り、動物、人形、花、アクセサリーなどのちりめん細工物が、展示してあります。
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 ここにあるのは、全て手づくりの小物や飾り物などです。
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 どれも1個1個丁寧に、心を込めて作られていて感心します。
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 全て、店のオーナーの蓑部さんのお友達の作品だそうです。
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 販売もされていますが、『『祝・日・土』という店名のとおり土曜、日曜と祝日しか開いてません。
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 今回の展示は、明日曜日(21日)までだそうです。 全くもって、もったいない展示だと思います。 ぜひ皆さんもこの機会に、寄ってみてはいかがですか。びっくりしますよ!
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 今回の『ちりめん細工作品展』に出展していただいている皆さんで、昨年、久木元スミエ先生に教えていただいた皆さんだそうです。愛らしい『ちりめん細工』ぜひご覧下さい!
 春!山桜開花!
 今日宮崎に行くため、久し振りに日南海岸を通って見ました。
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 海岸のあちこちで、山桜が既に開花していました。
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 真っ青な海に、薄ピンク色の山桜のコントラストが、何んともいえない春の海をかもし出しています。
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 桜の枝には、数匹の『メジロ』がとまっていました。
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 『メジロ』は春の訪れを喜んでるように、枝から枝えと花と戯れているようでした。
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 目を横にやると、椿も満開です。
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 一方の海岸では、既に満開になって散り始めているところもありました。
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 本格的な春の到来です!
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 飫肥城の山桜は、ようやく花芽が膨らみ始めたところですが、海岸から山手に向かって確実に春風が吹いて来ています。
すっきり!明るい!
 飫肥城の『松尾の丸』の周辺がうっそうと茂って、下にある『桜の木』の育ちが悪くなっていました。
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 このため、保存会職員が雑木を伐採し、キレイに除去しました。
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 『松尾の丸』周辺がすっきりと明るくなり、『桜の木』もこれでしっかり成長すると思います。
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 下になっていた『桜の木』は、今年は元気が無く花芽も少なくて、花の期待は出居ませんが、来年からは、きっといっぱいの花が開花することでしょう。

 本日、宮崎の陶芸家『岡井仁子先生』とロシア・サハリンの協力者『ブガーエフ・ミハイルさん』達が飫肥にお見えになりました。
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 先ず、飫肥城への来訪記念に日露友好を願って城内に『河津桜』の記念植樹をしていただきました。
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 この『河津桜』は静岡県伊東市から、酒谷の『日高茂信さん』に送ってきたものを、ぜひこの機会にお二人に記念植樹して欲しいとのご好意を受けて植えられました。伊東市は飫肥藩の歴代藩主伊東家の由来のあるところです。
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 植樹の後は、幸せスポットとして今話題の『幸せ杉』の前で、幸せを願って写真に納まりました。 
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 その後、城内由緒施設の見学や飫肥城下町の散策です。
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 また、人気の『食べあるき・町あるき』も大変気に入っていただいたようです。
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 『ブガーエフ・ミハイルさん』は刀剣などにも興味があり、城下町で古くから刃物などを製作されている鍛冶屋さん『水元ホームセンター』で刃物づくりの現場をを見学されました。
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 『ブガーエフ・ミハイルさん』は見ているだけでは飽き足らず、自ら水元社長さんと息の合った鍛冶打ちなどの体験もされました。
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 水元社長さんから、『ブガーエフ・ミハイルさん』の鍛冶技術は「素質があり、上手い!」との太鼓判を頂きました。
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 最後に、お世話になった『村のかじや』(水元ホームセンター)の社長ご夫婦と一緒に記念撮影です。
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 『ブガーエフ・ミハイルさん』は、岡井先生の長男夫妻が、1983年大韓航空機撃墜事件で亡くなった時からこの事件の取材を続けて、岡井先生の支援をして頂いているとのことです。また、現地サハリンの有力新聞『自由サハリン』の副編集長でもあります。
 今年の9月には、サハリンで鎮魂の『野焼き』を計画されているようです。 その具体的な打ち合わせの合間をぬってお見えになり、飫肥の城下町を大変気に入っていただきました。
 サハリンでぜひ『野焼き』が実現できるよう、今後の『ブガーエフ・ミハイルさん』のご協力とご尽力をお願いいたしますとともに、実現を心から祈念いたします。
前園真聖さん、『四半的』に挑戦
 スポーツジャーナリスト前園真聖さんが、飫肥城にひょっこりお見えになり、『四半的』に挑戦されました。
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 さすが、元Jリーグの我が国が誇る名選手! 『四半的』は、初めてとのことですが、運動神経といい集中力といい、素晴らしいスポーツ感覚でほとんど的中でした。
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 初めて試射される場合は、大きめの的を用いるのですが、前園さんに大会用の正式の四寸五分の的でお願いしたところ、2本目で見事ど真ん中に的中しました。さすがです!
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 前園真聖さんは、鹿児島県出身で1992年、鹿児島実業高校からJリーグ・横浜フリューゲルスに入団。1996年のアトランタオリンピックでは主将として、日本を28年ぶりに本大会に導き、ブラジルを撃破する「マイアミの奇跡」などを演出されました。97年に、ヴェルディ川崎に移籍。シーズン途中からブラジル・全国リーグ1部のサントスFC、同・ゴイアスFCにレンタル移籍されました。
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 その後2000年J2・湘南ベルマーレや 東京ヴェルディに移籍、そして韓国リーグを経て、05年に惜しまれながら引退を表明。現在は、サッカー解説や少年サッカーの普及促進活動に尽力されています。 個人タイトルとしては、1996年に『Jリーグベストイレブン』を受賞されています。
 今回は、宮崎県内でキャンプインしているプロサッカーや野球の取材のため、お見えとのことでした。
 それにしても、『四半的』に対する鋭い視線と集中力は、並大抵じゃないと感じました。恐れ入りました。
 これからもスポーツを通して培った様々な知識や経験で、スポーツジャーナリストとしてだけでなく、様々な方面で活躍されることでしょう。

飫肥藩の献立書をリニュウアル!
 飫肥城『松尾の丸』に掲示してあった藩主の献立書が古くなり、読みにくくなっていたため、この度リニュウアルしました。
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 この献立書は、正月元日の献立を示したもので、飫肥藩の倉方料理番『矢野家』に伝わる古文書を複写して展示したものです。
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 この古文書を書き直すと次のようになるようです。
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 見ると、お手掛の『たにし』からお引向の『お菓子』まで、何十種もの料理が書き記るされています。
 この地方が、いかに海の幸・山の幸に恵まれていたかが、窺い知れます。しかし、飫肥の地から遠く離れた、東北地方などから仕入れたと思われるものもあります。
 また、これらの贅沢な食膳は、今の時代にはだれでも食べられる物も、当時は藩主や上級武士しか食できなかった貴重な食べ物だったようです。
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 また、『松尾の丸』には、復元した当時の炊事処や飫肥城5代藩主伊東祐実公の正月料理を再現した写真も掲示してあります。
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 飫肥城『松尾の丸』にお越しの時は、この珍しい江戸時代の献立書をゆっくりご覧下さい。
んッ!何の足跡?
 雨上がりの昨日、城内の犬馬場広場の真ん中辺りに、なにやら動物の足跡が残っていました。
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 何かを探して土を穿り返したようです。  
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 良く見ると、あちこちに15センチから20センチくらいの穴が掘られています。
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 あった・あった!  確かに動物の足跡です。恐らく狸かムジナの足跡でしょう。
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 タヌキの足跡は、前足にも後足にも4本の指の跡がつき、それらの先端には爪の跡がはっきり残る。肉球の大きさは比較的小さいので、足跡の形はまるくて梅の花に似たものとなる。足跡の長さは3.5~4.0cmで幅は3.0~3.5cmであり、歩幅は40~50cm位だそうです。
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 きつねの足跡が一直線につながっているのに対して、ジグザグに続く場合が多い。このうつむき加減でジグザグと千鳥足に近い状態で歩いているのは、ミミズを探しているせいだそうです。
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 狸は典型的な雑食だが、どちらかといえばミミズが好物だそうです。ミミズ以外では、ネズミ、カエル、ヘビ、タニシ、地上で営巣している鳥、魚、昆虫なども食べるそうです。
 植物質としては、ドングリ、穀類、トウモロコシ、地下茎、根などで、木に登って、カキ、ビワ、ナシ、ムベなどの実を食べると言われています。
 飫肥城の狸さんは、昼間は観光客の皆さんの賑わいでどこかでジーとしているのでしょーが、今晩も今頃はえさ探しで頑張っていると思います。
 
 
違いが判りますか?
 観光駐車場にある2本の『梅の木』、花は咲きましたが、何となく元気がありません。
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 じつはこの2本の『梅の木』は白いカビ『地衣類』が寄生繁殖し、「このままでは、木の樹勢が衰え枯れてしまうので早く治療したほうがいい。」と植木業者からの助言受け、昨年9月10日に『地衣類治療作業』を県内の某業者が行いました。
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 治療効果を見るため2本の内、向かって左の1本だけを治療いたしました。
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 この2本の『梅の木』を比較するため、昨日見に行ってきました。するとどうしたことか、両方の『梅の木』とも開花していて、花着きに差異は認められません。
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 ただ、治療した『梅の木』に付着している『地衣類』は、何となく色が変わり弱っているようにも見えます。今後、葉の着き具合も見ていく必要があります。
 業者と結んだ『地衣類治療作業請負書』の中で、「地衣類の治療の割合は、樹木の8割程度を良として、それ以下のときは再治療を致します。」と取り交しています。・・・・・さてどうなることやら?
蘇る『屋根』
 飫肥城観光駐車場の下にある某氏の屋敷の母屋が、昔ながらの方法でリニュウアルされ、蘇ってきています。
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 この写真が、リニュウアル する前です。
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 先ず、屋根が全て取り外されました。
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 その後、四方屋根に作り変えられました。
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 そして、アスファルトルーフィング貼りの上へ枌(ソギ)を重ねて葺きます。
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 枌(ソギ)は、杉を薄く削いだもので『3枚重ね』になるように葺かれるそうで、屋根瓦の防水下地としてアスファルトルーフィング貼りの上に枌を葺けば、二重の屋根防水下地として完壁 だそうです。
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 最後に、日本瓦を載せていきます。
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 これが、現在の状況です。
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 このリニュウアル工事は昨年12月から始まり、これからは門や塀などの外回りと内装の工事だそうです。駐車場の近くなので、時々行って見てますが、出来上がるのが楽しみです。
 日々蘇る建物を見ながら、飫肥城下町の町並み全体も、このようにこれから蘇って来るような気がしました。


 風情にマッチした灰皿!
 飫肥城内等の喫煙場所に設置してある灰皿が、新しくなりました。
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 しかも、新しいだけでなく、飫肥城の風情にマッチした木目調のスタンド灰皿です。
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 愛煙家の皆さんにとって、こんなところでタバコを一服できるといいでしょうね。
 でも、吸い過ぎには注意を!
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 今までの、スタンド灰皿に比べ外観だけでなく、一回り大きくなりとても安定感があります。(左が旧灰皿)
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 この灰皿は、『日本たばこ産業(株)宮崎営業所』から、このたび寄贈していただいたものです。
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 今回は、リップスティク型11基(内木目調7基)と大型木目調1基の計12基です。
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 『日本たばこ産業(株)』では、地域の環境美化を促進するために、このような取り組みをしているとのことです。
 木目調灰皿の設置にご尽力いただいた皆さん、有難うございました。
 
 
 2月8日、昼の12時30分から、NHKラジオの全国放送番組の『ここはふるさと旅するラジオ』というコーナーの生中継が、『飫肥城観光駐車場』で行われました。
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 中継車はNHKラジオ開局80周年を記念して導入された『80(はちまる)ちゃん号』です。
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 雲行きを心配しながら、放送前から入念な打合せ。
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 そして、放送一時間前から、リハーサル。
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 放送開始前には地元や観光客の皆さんが、約200~300人ほど集まりました。
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 そして12時30分、本番です。
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 地元のお店の方や行政の担当者などが、進行に合わせ、次々と司会者の質問に答えていきます。
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 ゲストの皆さんは、山田・清水両アナウンサーの名進行で、意外とすんなり対応できました。
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 約20分間の放送は、あっという間に終了です。
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 最後に、皆で『80ちゃん号』前で記念撮影。
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 NHKの山田チーフアナウンサーと宮崎放送局の清水アナウンサー、それに森川ディレクターさん大変お疲れ様でした。
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 『ここはふるさと旅するラジオ』は1つの県を月曜から1週間放送し、その県の魅力を伝えるコーナーだそうです。
 宮崎県のトップに、日南市飫肥城下町から生中継して、日南や飫肥の魅力を伝え、『食べあるき・町あるき』など、地域を盛り上げるための活動を全国に届けて頂き有難うございました。

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飫肥城下町『おひなさまめぐり』
 飫肥商店街主催の飫肥城下町『おひなさまめぐり』が、始まりました。
 今年のおひなさま飾りは数も内容も昨年を上回り見ごたえがありますので、数回に分けてブログで紹介します。
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 目印は、桃色の旗です。今回ひな飾りしているお家の玄関先にはこのような目印の桃色の旗が掲げてあります。
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 先ず、『小村寿太郎生家』のひな飾りです。
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 ここは、『飫肥に灯りをともす会』の皆さんが中心に飾っていただきました
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 続いて、横馬場通りにある『平山家』のひな飾り。
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 ここは早咲きの桜も今満開で、ひな飾りとのコラボが見事です。
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 こちらは、本町通の『商家資料館』の飾り。
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 そしてこの見事な飾りは牟田町通りにある『長嶺履物店跡』のひな飾りです。
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 この飾り付けはここの隣の『エル・ハヤタ美容室』さんによるものです。
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 このように、今、城下町のあちこちのお店や施設等で大変きれいな『ひなさま』や『さげもん』飾りなどが、これまでにない規模で飾ってあります。
 このイベントには、『九州の小京都「飫肥」有志の会』『飫肥地区少年育成協議会』『飫肥楽市楽座』『飫肥に灯りをともす会』『本町商交会』『飫肥で着物を着てさるく会』『祐兵クラブ』など飫肥地区の様々なまちづくり団体等が共催です。
 「(財)飫肥城下まち保存会』でも数箇所の由緒施設でひなさまの飾りを行っています。
 飫肥城下町の『食べあるき・町あるき』と一緒に『おひなさまめぐり』をするとより楽しい町めぐりができます。

飫肥中学校生徒に感謝!
 飫肥城内にある『飫肥中学校』の1年生の生徒さんが、昨日城内の清掃活動をしました。
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 朝8時45分から、先生と生徒さんが城内に集まって作業方法の説明です。
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 旧本丸跡は、樹齢140年以上の杉が見事で、5年前にNHK朝の連続ドラマ『わかば』の撮影のあったところで、『癒しの森』と言われています。
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 こちらの班は、大手門から上の階段の清掃です。
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 こちらが今人気のスポット『幸せ杉』です。
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 城内にある『幸せ杉』の付近は、良く写真を撮られますので、念入りに清掃してもらいました。

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 わたし達の気付かない、塀の屋根上の落ち葉なども取り除いていただきました。

 旧本丸跡はすっかりきれいになりました。
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 多くの観光客の皆さんがお見えになり、きれいになった城内を見て「杉の木立に癒されます。」ときっと言って下さるでしょう。
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 城内もキレイ!
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 飫肥中学校1年生の皆さん城内清掃活動お疲れ様でした。
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 皆さんのこのような活動が、貴重な文化財を守るだけでなく地元を愛する心を養い、将来どこにいても、郷土を自慢できる大人になってくれることでしょう。
 私達も、明日から多くの観光客の皆さんを、きれいになった飫肥城を自信を持って案内できます。 
『立春!』
 立春の飫肥城は、すっかり春のようです。
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 飫肥城内の早咲き桜『日南1号』は満開の状態です。
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 『豫章館』の紅梅も、満開でひときわ目立ってます。
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 時々訪れる観光客の皆さんも、一足早い春の訪れにゆっくりと散策されていました。
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 『歴史史料館』の『すだれ紅梅』も今が盛りです。
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 一方、大手門前の梅の花は、もう散り始めています。
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 いよいよこれからは、次から次えと春の花木が咲き続けます。飫肥城観光もこれから本番を迎えます。後は、暖かい晴天が続くことを望みます。
訴える 『わけもん』
 2月3日、県市町村選挙管理委員会連合会南那珂支会主催の『わけもんの主張南那珂支会予選会』が小村記念館で開催されました。
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 発表に先立って、主催者の杉村支会長と来賓の阪本副市長の挨拶です。
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 本年度の発表者は4名です。
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 審査員から審査方法について説明がありました。
 発表内容については説得力や夢と希望など、発表態度は表現力と熱意などが審査基準だそうです。
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 トップは安藤圭太郎さん(日南市消防本部)の『拝啓 鳩山由紀夫様』、続いて汐口佳奈さん(日南市役所)の『未来のために』。
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 3番目は、宮武世良さん(串間市自衛隊)の『有権者として感じたこと』、最後は関谷詠士さん(日南市専門学校生)の『私と選挙に行きませんか』でした。
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  この後、二人が優秀賞、残り二人が奨励賞が決定され、優秀賞の二人が県大会に出場するとのことでした。
 若い人の政治や選挙離れが進んでいると言われてますが、本日発表された4人の『わけもん』の皆さんは、いずれも堂々と自身を持って発表され、優劣付け難く審査員の皆さんも悩まれたことでしょう。


『るり色の砂時計』
 2月1日、KBC九州朝日放送のテレビ取材がありました。
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 九州山口地方にて平成6年から放送を続けている評価の高い『九州山口いい旅発見「るり色の砂時計」』(40分番組)という番組です。 ナビゲーターは、井上けいさんと山本かおりさんのお二人です。
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 あいにくの雨でしたが、飫肥の町並みは雨の日も風情があります。雨の合間を見ながら城内の撮影のあと、飫肥城下町の『食べあるき・町あるき』を中心に取材し、収録されました。
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 この日は、関東方面から『読売旅行』のツアーの皆さんも『食べあるき・町あるき』で城下町を散策中でした。
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 放送はKBCで2月20日(土)12時15分~12時55分です。その他、NCC、OAB、KAB、KKB、YABなどでも放送されるそうです。
 県内では、ケーブルテレビでご覧できます。


『県女子駅伝大会』
 31日、今年も県女子駅伝大会が開かれました。
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 朝起きるとすごい雨で、どうなるか心配していましたが、午前10時過ぎには小雨になり10時半にはスタートの花火が聴こえました。日南総合運動公園をスタート・ゴールする6区間で、自宅前市道をトップの宮崎日大クラブが11時過ぎに通過していきました。
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 出場は20チームでしたが、社会人から中学生まで県内の様々なチームが健脚を競いました。
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 自宅前の5区の区間は、なだらかな降り勾配で、各選手とも軽快に走り、声援に応えるなど余裕を見せる選手もいました。
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 今年の県女子駅伝大会は、第27回大会とのこと。 先日行われた全国都道府県対抗駅伝大会で、宮崎県チームの成績は、男女とも芳しくありませんでした。
 そこで、このような地方大会で力を発揮できるような環境を整えるため、行政と住民が地域をあげて協力できる体制をつくりあげていく必要を感じます。
 毎年同様の方法で実施するのでなく、選手の皆さんも頑張るが、それをバックアップできるような仕掛けを今一度考えるべきです。
消火訓練!
 飫肥城観光駐車場で消火訓練が行われました。
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 (財)飫肥城下町保存会の職員だけでなく、地元飫肥の区長さんも一緒に説明を受けました。
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 いきなり業者の方が使用方法の説明を始めましたが、消防職員は遠巻きに聞いているだけです。
 今回の消火訓練は、住宅密集地などで水道水を利用してだれでもが使える初期消火の道具である『街かど消火栓』という簡易水道消火装置を用いて行われました。
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 点火されたドラム缶の木切れを消火するのですが、ノズルやホースも意外と軽くて女性やお年よりも難なく使うことができました。
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 この『街かど消火栓』の特徴はノズルで、小さな気泡を含みながら放水され、効果的に気化熱を発生させて冷却を促進させるため、より早く消火されるとのことだそうです。
 もう一つの特徴は繋がっているホースだそうです。
 このため、普通のホースのようにねじれて折れてしまい水が出なくなる心配が無いとのこと。
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 この装置を、町並みにマッチする形で街頭などに設置し、身近な水道の蛇口に接続して、だれでも簡単に使えるため、自主防災に役立つとのことでした。
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 使用して気付いたことは、これはあくまでも初期消火の装置でいわば消火器のようなものだと感じました。
 『伝建地区』である飫肥地区内には、多くの貴重な市民共有の文化財等が散在していますが、来年度から飫肥消防署が無なるとのことです。  そうなると、この装置を街角のあちこちに設置する必要があります。 予算措置を含め、市は早急に対応し、住民の心配を払拭して欲しいと思います。
 また今年は、文化財の防火訓練も行われませんでしたが、もっと中身の濃い消火訓練が必要ではないか!・・・・と思うのは私だけではないようです。
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