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さようなら不死鳥!
 飫肥小学校正面玄関前のフェニックスの木が枯れてしまい、伐採撤去されることになりました。
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 このフェニックスの木は樹齢100年以上の大木で、クレーン車など大型機械を用いての撤去です。
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 暫らくして様子を見に行くと、既にフェニックスの木は運び去られていました。
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 撤去された後は駐車場に利用されるようで、舗装作業が行われていました。
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 これまで長年の間、飫肥小学校の子供の登下校を見守って親しまれていた木が、なくなって一抹の寂しさを感じます。 
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 フェニックスは「不死鳥」の名をつけられた木で、南国宮崎のシンボルとして「県の木」にもなっています。 昨年5月21日には長年県庁のシンボルとして、県民に親しまれていた、県庁玄関前のフェニックスも枯れて伐採されてしまいました。
 この木が枯れる原因は、外来の害虫ヤシオオオサゾウムシに食い荒らされるためで、被害が急速に広がっています。 
 国内では70年代に沖縄県で見つかり、その後撲滅されたとされていたヤシオオオサゾウムシが、98年に日南市で確認され、以来猛威を振るっています。
 成虫は赤褐色で体長約3センチ。フェニックスの成木にとりついて産卵します。かえった数十匹の 幼虫が内部を食い荒らし、数カ月で樹齢数十年のフェニックスを枯らしてしまうようです。
 これは地球温暖化がもたらしている悪影響で、県内では深刻な問題となっています。

 飫肥小学校は、明治6年に開校し、古い歴史と伝統のある小学校です。 その玄関で、私の知る限り50年以上も前から数多くの子ども達を見守ってきた木です。明日から2学期がスタートしますが、登校してくる子ども達はがっかりするでしょう。
 しかし、フェニックスの木はなくなりましたが、私たちの脳裏にはいつまでも生き続けています。
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 福岡から、飫肥に取材にお見えになった女性スタッフの皆さんです。
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 取材は2日間のスケジュールで、1日目の飫肥にはJR日南線観光特急『海幸山幸』で来られ、飫肥城内の旧本丸跡や城下町の佇まいなどを撮影のの後『食べあるき・町あるき』の取材とのことでした。飫肥の後は、油津で『日南一本釣りカツオ炙り重』を取材されたようです。
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 取材の皆さんは全員で5名、JR九州の観光担当者1名、西日本リビング新聞社の編集グループ2名、モデル2名で全て女性の皆さんです。

 何故女性だけかと思ったら、掲載される『リビング福岡』は女性の、女性による、女性のための生活情報紙とのことで、女性の目を通した情報を発信することが目的のようです・・・・なるほど!   詳しくは『リビング福岡』

 今回は、大人の落ち着いた雰囲気が魅力の飫肥を『リビング福岡』(9/25発行)で大きく紹介し、働く女性のための情報誌『シティリビング』(9/24発行)では、「恋旅」スポットの青島をOL向けに、紹介されるそうです。


 ※ 飫肥城の隠れた「恋旅」スポットの『幸せ杉』も紹介して欲しいですね!
口蹄疫終息!
 畜産農家だけでなく、県民を苦しませた口蹄疫がようやく終息し、各施設に備えてあった消毒用マットを 27日午前9時に全て取り除きました。
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 飫肥城の由緒施設には、観光駐車場、大手門、豫章館、小村記念館の4か所にマットが設置してありました。
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 当初は消毒用マットでなく石灰を撒いていましたが、風が吹くたびに石灰が吹き飛び、観光客に迷惑をかけていましたので、急きょマットに換えました。
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 そして、約3ヶ月振りにすっかり撤去です!
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 撤去後、最初のバスツアーの団体さんがお見えになりました。
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 駐車場の石灰は少し残っていますが、これで毎日3回行っていたマットへの薬剤の散布作業はなくなります。
 しかし、発生から4ヶ月間に県内の経済は大きく落ち込み相当な痛手を受けています。飫肥城の入館者数も昨年対比40%の減です。今後畜産業だけでなく県内の経済をいかに再生するかが問題です。様々な復興策が今後目白押しに企画されています。行政の財政出動に頼るだけでなく、県民一人一人が力を合わせて、復興に向け取り組む姿勢も必要です。
 私たち(財)飫肥城下町保存会も、遅れることなく出来る範囲で、しっかりとした支援策を講じて参りたいと考えています。
MRTツアー!
 MRTラジオ夏休みスペシャル『夏休み宮崎探検隊2010』のツアーがお見えになりました。
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 一行41名は、バスで到着すると2班にに分かれて飫肥城見学です。
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 飫肥での滞在時間は約90分間でしたが、観光ガイドボランティアの案内で城内各由緒施設の見学が中心でした。
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 歴史資料館は、7月にリニューアルを終え空調施設も完璧でしかも展示してある資料は、江戸時代当時の実際使用されていたものがほとんどです。皆さんはこの貴重な展示物を興味深く観ていました。
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 今回のツアーは、ここ飫肥城と南郷の海中公園や酒造見学で主に日南市の観光地めぐりを企画していただいたようです。MRTさんはこのような日帰りツアーを毎年・年2回開催されているとのこと。
 参加されている皆さんは、ほとんどが家族連れのグループが多いようです。できれば飫肥では『食べあるき・町あるき』体験を組入れていただくともっと楽しい飫肥の観光ができたと思います。 また県南には、飫肥以外にも数多くの魅力ある観光資源が盛り沢山です。 
 短時間で数多くの観光地を駆け足で廻るよりもっとゆっくり楽しく散策するのもいいのでは・・・・そうなると、飫肥だけでも2時間以上の滞在時間が必要です。
 コース全体や滞在時間の見直しが必要になりますが、日帰りでなく1泊にしてもいいのかな・・・・と思います。
 MRTツアー企画担当の皆さん!  次回はもっとユニークで楽しいツアー企画をお願いします!

飫肥城の学習!
 市内の吾田中学校1年生の生徒さんが、飫肥城と城下町の見学にやって来ました。
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 生徒たちを代表してHさんの 『飫肥を歩いてみよう!感想文』 を紹介します。

 飫肥を歩いてみて思ったことは、自然がたくさんだなあと思いました!
 そして、小村記念館に行って、「小村寿太郎」について調べました。調べていて小村寿太郎は、大学南校(現東京大学)を卒業後、米国ハーバード大学に留学し、法律学を修めたことも知りました!そして信頼していた秘書官がいたことも初めて知りました。『本多熊太郎』

 振徳堂に行って、伊東祐民公(飫肥藩11代)が1801年11月に学問所を開いたことを知りました!
 小村寿太郎生家では、安政2年(1855年)小村 寛の長男としてこの地に生まれたことを知りました。 松尾の丸では、時代の流れ(書院造)について、とっても詳しく調べることができました!!
 また、ガイドの松井さんも、暑い中、一生懸命に案内して下さいました! 本当に感謝します。
 そして、資料館では、伊東マンショのこともたくさん知ることができました! 

 今日、飫肥を歩いてみると、自然の大切さや伝統を大切にすること!!!  そして、歴史をしっかり受け継ぐことの大切さがわかりました!!! 
 

 という感想文です。しっかり見学できたようですね。

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 吾田中学校は、飫肥の隣町にあり飫肥中学校の2倍以上の生徒数を誇っています。昭和30年頃までは、飫肥が行政の中心でありここの飫肥中学校の生徒数も圧倒的に多くて、町並みも大変賑やかなものでした。
 しかし現在は、行政の中心や大型店・スーパーなども吾田に移り、飫肥は年々空家と高齢化が進行していました。 それでも最近は、地元商店や様々な町おこしグループが、『食べあるき・町あるき』をはじめいろいろなイベントなどを実施し、ようやく元気になりつつあります。
 また、飫肥の小中学生は、私たちなど地元の人たちだけでなく観光客の皆さんにもあいさつしをして、町ぐるみでおもてなしをしてお迎えしてくれます。

 実は、吾田中学校は私の母校です。今日来た吾田中学校の生徒も、しっかりあいさつし、感想文にあるように熱心に見学してくれて私もほっとしています。切磋琢磨して小村寿太郎侯を超えるような立派な大人になって欲しいですね。
ようこそ黒木先生!
 宮崎県が誇る世界的に有名なガラス工芸家で国の現代の名工『黒木国昭先生』がひょっこり歴史資料館にお見えになりました。
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 黒木先生は、今年7月から『飫肥城歴史資料館』に展示してある作品の状況を見に来られたとのこと。
 この作品は、広重の原画をもとに、黒木先生がが様々な色のガラスを用いて見事に再現したものですが、新日南市が昨年3月に誕生した記念に制作を依頼されたものです。 
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 そしてこの原画こそが、歌川(安藤)広重が全国六十八国の名所を浮世絵にした『六十余州名所図絵』の中で描かれている日向の国『油津ノ湊』(現油津港)です。
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 資料館の見学に来ていた観光客のグループが、黒木先生だと知ってビックリ! 先生の作品の前で一緒に写真に納まり大感激です。 
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 黒木国昭先生は、1945年宮崎県須木村で生まれ1963年に県立小林高等学校を卒業後、東京の硝子会社で働きながら多くの技能訓練をし、特殊技術やデザインなどを独学で学ばれたそうです。
 1974年から本格的に創作活動を始め、3年後の1977年に労働大臣認定ガラス技能検定1級を取得されました。
 そして1989年に綾町に工房を建て創作の場にするとともに『グラスアート宮崎綾工房』を設立され、1991年には国の卓越技能者「現代の名工」を受賞されました。
 その後、数々の賞を受賞し、2006年には春の黄綬褒章も受章されました。現在は我が国の「現代の名工」として世界で大活躍されています。
 
 今回日南へは、山形屋で先生の作品博覧会が(平成22年8月27日~8月29日)開催されるため、その下見を兼ねてお見えになったとのことです。
 なお、黒木先生の詳しい情報は、国の現代の名工 宮崎在住のガラス工芸家 黒木国昭 グラスアート宮崎(綾工房) のホームページでご覧下さい。


雲上の別世界!
 飫肥の町並みなど日南市の中心部が一望できる場所に行き、涼しいひと時を過ごしました!
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 『暑い毎日を少しでも凌ぎやすい場所で過ごそう』と地元のグループでやって来たところは、飫肥で最も高い山頂にある小屋です。
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 早速、冷たいビールと焼き肉で下界を見下ろしながらの食事がはじまりました。
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 暑い市内と違い、この場所は気温も2~3度も低く、下から吹き上げる風でその涼しさと快適さは体験しないと分かりません。
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 目を凝らして見ると、飫肥の大手門通りがまっすぐこの山頂に向かって道路割がされているのが遠望できます。
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 この山頂には、霧島神社があり子供の神様として崇敬されています。
 地元では、霧島さま呼ばれていますが、歴史は古く創立は819年と伝えられています。飫肥城の大手門通りとここの霧島神社が、一直線で結ばれているのも何か関係があるものと思われます。
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 大正年間、悪性の感冒が流行した後から参詣者が増えているとのことです。
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 この山は『乱杭野』で標高約500mです。条件の良い日は桜島まで見渡すことができて、眺めは絶景です。 
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 この乱杭野の山頂の霧島さままで、道路が整備されたのは10数年前です。
 私が学生のころは、登山練習で良く登りました。 しかし、当時は急勾配の山道を苦労して登らなければなりませんでした。ようやくの思いでこの神社にたどり着くと、眼下に広がる絶景に疲れが一度に吹き飛んだものです。
 そして登頂の達成と満足感で鼻歌を歌いながら、元気に下山して帰ったのを懐かしく思い出しました。
 今日は久し振りに、快適で楽しい一日を過ごすことができました。『さー明日からまた頑張るぞ~!』  
映画“半次郎”公開
 西南戦争に殉じた薩摩藩士、桐野利秋(中村半次郎)を描いた映画「半次郎」のポスターをスタッフの榎木さんが持って来られました。
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 公開はいよいよ来月から、全国の映画館で順次公開されるそうです。
下の写真は、桐野利秋(中村半次郎)とその役を演じた主演の榎木孝明さんです。
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 この映画には初めて時代劇に挑戦した人気グループ『EXILE』のAKIRAさんや白石美帆さんなど多くの人気俳優が出演しています。
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 ここ飫肥城でも約一週間の撮影が行われましたが、京都の場面のほとんどは、ここ飫肥で撮影されました。
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 また地元の中学生や多くの市民の皆さんが、エキストラで参加しました。 
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 映画は、剣術の名手で江戸末期の京都で『人切り半次郎』とも呼ばれ、西郷隆盛とともに城山で最期を遂げた桐野の生きざまを描いたものです。

 昨日ポスターなどを持って来て頂いたスタッフの榎木さんは、「日南の皆さんには、撮影に当たって大変お世話になりました。先日鹿児島で試写会があり飫肥の撮影など様々な場面が思い出されてジーンと来るものがありました。素晴らしい作品に出来上がっています。多くの皆さんに鑑賞して頂きたいと思います! 
 公開日程など詳しくは、『半次郎オフィシャルサイト』をご覧下さい」 とのことでした。 公開が楽しみですね。

 また昨年の飫肥での撮影状況は『館長ブログ(昨年10/1.2.3.8)』でもご覧いただけます。
 関西大手旅行エージェント会社の事業本部の皆さんが、飫肥城下町『食べあるき・町あるき』の体験・視察にお見えになりました。
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 一行は先ず、小村記念館で『食べあるき・町あるき』の内容と仕組みなどの説明を受けた後、数人に分かれ引換券付マップを持って城下町散策です。
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 その内の数人は『ギャラリーこだま』で彩団子をゲット!  
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 滞在時間が約1時間であったため、急ぎの散策です。 
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 それでも皆さんは、「結構楽しませていただきました!」と満足していただいたようです。
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 本日は短時間での飫肥城下町『食べあるき・町あるき』でした。
 『ゆっくりと風情のある飫肥の町並みを散策する』という本来の目的までは至らなかったと思います。
 もしこの『食べあるき・町あるき』を商品化していただくとすれば、最低約1時間半、昼食含めても2時間以上の設定をしていただくと、飫肥城下町を十分満喫していただけると思います。 ぜひご検討をお願いいたします。
 
 なお、これからこの『食べあるき・町あるき』事業が軌道に乗るためには、観光関係エージェントの皆さんのアドバイスやご意見もいただたいと思います。
 そのためにも、しっかりとおもてなしをしてお迎えしたいと思います。
『オオイタビ』
 城内の石垣等で最も多く見られる『オオイタビ』という蔓。
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 この『オオイタビ』は関東以南にみられるものですが大きくなると葉・蔓ともに様相がビックリするほど変わります。
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 写真上が成長した葉で下は大きく育った株です。豫章館の庭で皐月の隣で一緒に管理されています。
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 また、大手門の近くの空堀の周りには、木に撒きつき大きく育った『オオイタビ』が見られます。
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 見上げると、高さ10数mまで這い上がっています。
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 『オオイタビ』は、クワ科のイチジク属で暖地に見られる常緑つる性の葛で、蔓を切るとイチジクのような白い液が出ます。葛の幹からは気根を出して、木や岩などどこでもはいのぼります。
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 一般名は、漢字で『大崖石榴』と書くそうです。 6月頃開花し、9月から11月に成実して果実径は4cm位です。 果実色は青から次第に紫色に変化します。
 都会では石垣の塀に這わして、垣根にするそうです。 また、斑入りの園芸種も園芸店で販売されています。
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 この『オオイタビ』が飫肥城の石垣を覆っていましたが、昨年シルバー人材センターの皆さんに取り除いていただきました。
 そのままほっておくと大きく成長し、石垣をも崩すと言われてます。この葛を含め、今後とも城内の樹木等の管理には、植物の特性等を見極めて適切に処理する必要があります。
飫肥城への道しるべ!
 この花は?
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 これは花でなく『シマトネリコ』という木の実なんです。花は5月頃に白い小さな花を無数に下の写真のように咲かせます。
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 日南市の中心を横切っている国道222号線には、この『シマトネリコ』の木が街路樹として植えてあります。
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 実は、この『シマトネリコ』の木をたどって行くと飫肥に行けます。
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 油津~飫肥の国道222号線の両サイドに延々と植栽されてます。
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 飫肥城の観光駐車場には、樹齢40年以上もの『シマトネリコ』の木が迎えてくれます。
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 雌雄異株の植物で、モクセイ科の観葉植物なので、独特のよい匂いがあります。
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 この木は、タイワンシオジとも呼ばれるそうです。 琉球諸島から台湾、東南アジア、インドなどの亜熱帯地域に自生していますが、自然では高さ数メートル以上にもなり、初夏のころ、枝先に花冠が4列した小さな白い花をつけ、ときには樹姿の上部が白く見えるほどになります。
 またこの『シマトネリコ』の木は、野球のバットの材料になるという人がいますが、実はこれは間違いです。
 バットの材料となる木は、『トネリコ』という木で、アメリカでは、「アッシュ」と言われているようです。
 アメリカ・メジャーリ-ガ-もアッシュのバットを良く利用しているようです。 

 ところで、この『シマトネリコ』の木を国道222号に植栽されたのは、今から30年くらい前だと思います。
 当時の日南土木事務所長さんが、この道路には特徴のあるユニークな木を植えよう・・・・ということで、当時には珍しかった『シマトネリコ』の木を植栽しされたようです。
 そして、当時飫肥城下町が九州で最初に『伝建地区』に選定され、同時に始った『飫肥城復元事業』に呼応するように植えれば、飫肥城に行く道しるべにもなるのではないか・・・・という想いもあったようです。 
蟻撃退作戦!
 『飫肥城松尾の丸』は、江戸時代初期の書院造の御殿を時代考証の上、昭和54年に再現した建物です。
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 近年、この貴重な建物の防腐剤等の耐用年数が切れて、外回りのあちこちが痛み始めています 
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 特に下回りの外壁や柱などは、水腐れが目立ち始めそこに黒蟻が侵入しているようです。
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 そこで、専門の業者にお願いして蟻などの退治をしていただきました。
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 なお蟻が多く見られる個所には、水飴のような薬剤を蟻の通るところに置いてもらいました。
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 すると、あっと言う間に蟻が集まってきて、この水飴のような薬を食べ始めたようです。
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 これが黒アリ必殺の武器です。
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 専門業者の方に話を聞くと、この撃退剤は、無色透明で飴状のベイト剤とのことです。
 蟻の通り道・隙間・巣の入り口などにスポット配置し、蟻にそのスポットを食べさせます。
 満腹になった蟻が巣に持ち帰えることにより、巣の中の蟻を撃退する作戦です。
 数日に亘って徐々に殺傷し続け、敵の能力にもよるがその後数週間で壊滅することができるそうです。
 なお、この毒入り飴はアリが食べつくさない限り、食味が落ちず柔らかいまま約3ヶ月は騙し続けることができるようです。
 しかし、カビが生えたり雨で流されたりしたら再設置が必要とのことでした。
 いずれにしても、『松尾の丸』に限らず、飫肥城の由緒施設のほとんどの防水剤等の効果がなくなり、至る所で貴重な市の文化財が朽ち果て始めています。このような小手先の対策や修理でなく施設全体的に建物の保全を図るための早急な対策が求められます。
 このため、市もこのように急を要する対策には、優先的に思い切った予算措置等を講じて頂くよう改めてお願いしたい。
素晴らしい『和紙人形』
 飫肥の由緒施設『旧山本猪平家』に見事な『和紙人形』が飾ってあります。 
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 屋敷内に展示してあるものは、紙でできていると思えない大小様々な素晴らしい人形です。
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 こちらは見事な日本人形。
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 飫肥の伝統芸能『泰平踊』の人形も素晴らしいですよ。
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 和紙人形は、日本古来の製法によって作られた和紙を用いて作られるとのことです。
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 たまたま市外からお見えになっていたカップルさんも見事な出来栄えにビックリです。
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 この『和紙人形は』市内のお菓子屋さんの奥さんが趣味で作製されていたものです。
 ご本人のご厚意でここ『旧山本猪平家』にしばらく展示することになりました。
 ケースに入れてあり、反射して上手く写真を撮ることができませんでしたが、細微にわたり和紙の特徴を生かして丁寧に作られており、直接見ると本物の和紙人形の素晴らしさが実感できます。
 皆さんもぜひこの機会にご覧ください。
『島緋桐(シマヒギリ)』
 小村記念館の夏のトップスター、『島緋桐(シマヒギリ)』の花が今年も鮮やかに咲いています。
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 小村記念館に入館される皆さんを、門の奥でお迎えしているように咲いています。
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 『島緋桐(シマヒギリ)』はインド原産の花で沖縄、台湾、シンガポールなど東南アジアの山野に広く自生しているようです。
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 地下茎から芽を出し草丈は1.5~1.8mほどに育ち、毎年この時期になると真っ赤な花の塊を円錐状に咲かせます。
 大きなハート型の葉と真っ赤な花のバランスが良く、小村寿太郎侯の情熱と『誠の心』を表しているようで、小村記念館の夏を引き立てています。
賑わった『寿太郎まつり』
 今年も『寿太郎まつり』が盛大に開催され、飫肥の町が久し振りに賑わいました。
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 『寿太郎まつり』は、午前10時から小村侯の顕彰祭神事から始まりました。 IMG_5735_convert_20100814222434.jpg
 顕彰祭は『小村寿太郎侯』の生誕の場所にある石碑の前で行われた後、少年剣士による剣道形奉納が行われました。
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 夕方には、大手門前に廃油で造られたローソクが灯され、大手門通りは幻想的に浮び上がりまつりを盛上げてました。
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 メイン会場の観光駐車場では、櫓を中心に「飫肥ロマン」などの曲に合わせ盆踊りが始まりました。
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 他の出店や屋台など大勢の家族連れで賑わってました。
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 昔ながらのヨーヨーも相変わらず人気です。
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 この時ばかりは、夏休みの子ども達や帰省中の孫など子ども達が主役です! 
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 会場で出会った、知り合いのご家族の皆さんです。
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 手には、それぞれ買ってもらった大事なものがしっかりと握られています。
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 まつりの最後は、皆が待っていた恒例の打ち上げ花火!
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 久し振り賑わったまつりも午後9時、盛会の内に終了しました。
 今年の『寿太郎まつり』は、口蹄疫の発生のため開催が危ぶまれていました。
 しかし、関係者の「皆が落ち込んでいるこのような時にこそ開催し、賑わいと元気を取り戻そう!」という熱意と協力で開催することができました。
 県内では、これから様々なイベントなどが計画されています。この『寿太郎まつり』を契機にして県内が再び元気を取り戻すことでしょう。
 その意味からも今年の『寿太郎まつり』は、大変意義のあるものだったと喜んでいます。祭り関係者の皆さん大変お疲れ様でした。
 寿太郎侯も来年は没後100周年ですが、きっと喜んで見ていただいたことでしょう。
二人でお出迎えです!
 飫肥観光駐車場で、最初に皆さんをお出迎えをしている2人です!
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 もちろん1人は一足先にここで頑張っていただいている知事さん。そして今月からデビューした『あゆみちゃん』です。
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 一方、『あゆみちゃん』の姉妹も昨日デビューしました。仕事場は今飫肥で人気のある『ギャラリーこだま』さんの門の前で、大手門通り方面からお見えになるお客さんをお迎えしています。
 正面は、『あゆみちゃん』と同じ身長の『小村寿太郎侯』の生誕の場所です。
 本日は『寿太郎まつり』です。午前10時からこの場所で寿太郎侯顕彰祭神事が行われます
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 飫肥城に入館した7月中の観光客数は、口蹄疫の関係で例年の半分近くまで落ち込みました。特に観光バスの入り込みが少なくなっています。それでも『食べあるき・町あるき』は昨年を上回る売り上げでずーっと推移しています。これは『食べあるき・町あるき』が、ご家族連れの皆さんに人気があるためです。
 入館者も8月になって増加傾向にあり、今後口蹄疫が終息後すると観光客が一気に増加するものと思われます。
 まだまだ暑い日が続きますが、『あゆみちゃん』には、夏バテしないようにそして知事に負けないようにしっかりお客さんをお出迎えして欲しいと思います。
 
準備万端!
 『寿太郎まつり』が、明8月14日(土)と15日(日)の2日間開催されます。
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 盆踊りの中心となる櫓は、12日に組み立てが終わり本日は会場いっぱいに提灯が取り付けられました。 
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 近所の子供たちも提灯取り付けの手伝いです。台風4号も過ぎ去り天気もいいようで、準備も万端です。
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 14日は午前10時から小村侯生誕の場所で顕彰祭神事に続き、少年剣士による剣道形奉納が行われます。
 夕方6時30分から飫肥城観光駐車場をメイン会場として和太鼓『鼓禮』の皆さんによる演奏があり、午後7時からは寿太郎まつり盆踊り大会です。
 15日は、飫肥公民館で四半的大会も予定されています。
 なお、花火打ち上げや駄菓子のプレゼントなをはじめ、大手門通りでは廃油を使ったロウソクが灯されるなど多彩な行事が予定されてます。
 皆さんも暑い夏の夜を、浴衣姿で『寿太郎まつり』を一緒に楽しみませんか。
ナツフジ
 城内の最も高いところにある『松尾の丸』、その近くの雑木林に、白い可憐な花が咲いていました。
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 樫の木に巻きついて咲いていますが、葉や花の形ははどうも藤の花に似ているようです。しかし花の咲く時期や色が異なるので園芸専門書で調べました。
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 花の名前は『ナツフジ』です。18月ごろに咲き、本州の東海地方以西から四国・九州に分布する落葉性のツル植物で、和名は花がフジに似ていて夏に咲くところからついているとのこと。夏の土用の頃に花が咲くので、『ドヨウ(土用)フジ』とも呼ばれるそうです。
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 今までも見ていたかもしれないけど、このように飫肥城内にはよく見ると、これまで気が付かなかった花がいたるところに見られます。 その中には、珍しい貴重な花もあり、自然がいっぱいです。
 昨日のブログで秋を感じるようになったと書きましたが、城内は『ナツフジ』のように夏が去るのはまだまだ先のようです。
秋立ちぬ!
 立秋をが過ぎると、城内の山桜は落葉を始め、青々として日陰を作っていた木々の葉はみるみる少なくなってきます。
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 朝城内に入ると、木の下には落ちたばかりの葉が地面を覆っています。
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 んッつ! よく見ると、秋を察知したクマゼミが階段でひっくり返っていました。先日までは大勢で元気に鳴いていた蝉も、これからは日々勢いがなくなってきます。
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 城内の山桜はこれから葉をすっかり落とし、新たな開花の準備を始めます。
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 それにしても、落ち葉の除去は毎日大変です。最近は、手ボウキでなくブロアーを使用するので助かります。
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 ところで、城内の山桜は、半年後の来年2月には開花します。 
 中国の唐代の詩人、劉(りゅう)希夷(きい)の詩の中に『年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず』という一節があります。「白頭(はくとう)を悲しむ翁(おきな)に代(か)わりて」と題する詩の第4節です。
 自然の悠久(ゆうきゅう)さと人間の生命のはかなさを対峙(たいじ)させて人生の無常を詠歎(えいたん)した句だそうです。寒い冬が終わって春になると、昔から毎年同じように花は美しく咲くけれど、昔一緒にこの花を見た人はもはやこの世にはいない。若く、美しい君達に云っておく。若いと云うがすぐ年老い、黒い髪も白くなってしまう・・・・・後者は、まさに今の自分だと痛感するこの頃です・・・・秋になったんですね~。  
季節はずれの七夕かざり!
 今飫肥の由緒施設では、季節はずれの七夕飾りが行われています。
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 日南地方では昭和20年代後半まで旧暦8月1日に八朔の『七夕祭り』が行われていました。飫肥城下町保存会では、これを昨年ほぼ50年ぶりに復活しましたが、今年も旧暦の8月1日に当たる9月8日(水)まで飾り付けを行います。
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 今年の願い事では、口蹄疫関係で『落ち込んでいる宮崎が、早く元気になるように!』というのが多いようです。
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 なぜ旧暦の8月1日に七夕か?・・・・ということになりますが、伊東家の先祖で日向伊東の始まりとなった六代目『祐持』の命日(1348年7月7日)を避けたためではないかと言われています。
 その飫肥の殿様の忌み日を避けて、旧暦8月1日に庶民が行ってきた七夕行事が、八朔の『七夕祭り』になったものと考えられます。
 皆さんも飫肥に来られたら、、それぞれの思いを短冊に願いを込めて飾ってください。 
侵入者撃退!
 飫肥城内にある唯一の松の木がここ2~3日、何となく元気がありません。
 近づくと、何者かが松の木を攻撃して居るようで、松の葉がかなり弱っています。
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 さらに松の葉を良く見ると、ビックリ! 小指大の毛虫が大群を率いて盛んに松の葉を攻めておるではありませんか!
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 直ちに、我が機動部隊が反撃開始!
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 しばらくすると、敵はバタバタと落下して来ました。
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 地面に落ちても、敵の大将らしきものが動き回っています
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 物の本によると、この者は『マツカレハ』(俗に『マツケムシ』)という松の害虫とのこと。
 写真左は食害中の幼虫と卵で、写真右が成虫の蛾だそうで、全国の公園等で広く行われているマツノキの『ワラ巻き』は、この越冬世代を捕殺するためのもだそうです。
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 しばらくして様子を見に行くと、大きいものから小さいものまで数多くの死骸が横たわっていました。 完全に撃退したようです!
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 『マツカレハ』の幼虫は、大きいもので体長80mmにも達する大型の毛虫で、成長すると背面は銀色に光り、 胸部の背面には藍黒色の毛束の帯が目立つようになります。そして、触れるとこの部分の黒い毒針毛が皮膚に刺さるそうです。刺されると激痛があり、あとが腫れ上がります。痛みや腫れはすぐなくなりますが、かゆみは1~2週間くらい続くとのこと。
 いずれにしても観光客の皆さんに、被害が無かったことが何よりですが、後は攻撃に耐えて弱っっている松の回復を祈るのみです。
 女子高校の皆さんが観光ツアーで飫肥城下町『食べあるき・町あるき』を楽しみました。
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 一行は栃木県立栃木女子高校のオーケストラ部の生徒さんと先生の112名で、前日まで全国高等学校総合文化祭に参加していたとのことです。
 6日午前9時30分に飫肥城下町観光駐車場に到着すると、車内で飫肥城観光のポイントや『食べあるき・町あるき』の仕組みなど簡単な説明の後、城内見学です。
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 ところが、飫肥出発が午前10時45分とのことで城内見学は駆け足で回り、残り40分で皆さんが楽しみにしていた『食べあるき・食べあるき』の体験です。

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 さすが若い高校生です。  高文祭の疲れも見せず、元気に目的のお店の商品を目指し、4~5人のグループに分かれて町の散策です。
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 人気のお店は、厚焼き玉子・姫アイス・彩団子などで、皆さんに感想を聞くと『すっごく美味しくてとっても楽しい!!」と明るい笑顔で答えていただきました。
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 飫肥の滞在は約1時間半でした。「時間が足りない!」、「 どうしよう!」と皆さん時間を気にしてゆっくり町歩きができなかったようです。
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 さらにこの日は、とっても暑かったのですが、それでも皆さんは明るくて元気で、飫肥の『食べあるき・町あるき』には満足されたとのことでした!
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 栃木県立栃木女子高等学校の生徒さんは、大変マナーが良く道徳心と知性を備えた印象を受けましたが、明治34年に創立され110年以上の歴史と伝統を誇り、数多くの進学実績のある女子高等学校だそうです。
 教育目標は「毅然として心優しい女性の育成」を掲げ、生徒のほぼ全員が大学進学を目指す進学校とのことでした。
 なお、卒業生の中にはには、日本を代表する小説家の吉屋信子さんや藤代 泉をはじめ女優の山口智子さんや稲葉浩美 さんなどがいるようです。
 さらに、道徳教育にも熱心で、自主自立の精神に富んだ、国家・社会に貢献することのできる女性の育成を目指した教育活動を実践しているようですが、 できれば小村記念館や振徳堂などもゆっくり見学して小村侯の誠の外交なども知って欲しかったですね。

 次回は、友達やご家族の皆さんとご一緒に、ゆっくりお出でいただくことをお待ちしています。
夏休み特別展!
 7月30日から『夏休み特別展』を、小村記念館でを開いています。
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 この特別展は、この1年間に飫肥城歴史資料館に寄贈・寄託いただいた様々な資料などの中から期間限定で展示公開するものです。
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 入口には、飫肥藩の武士が着用していた実戦用の勇壮な甲冑が展示してあります。
 今回展示した資料は、主に祖先が飫肥藩の上級武士であった市内や宮崎市在住の皆さんから、寄贈・寄託をいただいたものです。
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 資料の中には、昨年修復した藩主伊東の家系図をはじめ、西南戦争に西郷軍の援軍として出兵した上級武士のが、帰郷後に山林に閑居して執筆した『鹿小狩島西軍記(全六巻)』も今回初めて展示してあります。  
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 外のロビーでは、『県立図書館巡回展』も開かれています。
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 主に明治維新後~昭和の初めにかけて撮影された、珍しい貴重な写真が展示されています。
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 中には明治初期の家族写真や生活の様子をはじめ、油津の港の状況や当時の建物など様々な写真が展示してあり今では貴重な写真として大変興味を引きます。
 この特別展は、今月17日までです。なおこの特別展のみの入館は無料となっています。
 今回の展示物のほとんどが初公開の資料ですので、この機会に盆休みなどを利用して、ご家族でぜひご覧いただきたいと思います。
中国からの研修生です。
 宮崎公立大学に研修に来ている皆さん20名が、飫肥城見学に来ました。
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 皆さんは、中国の蘇州大学とカナダのバンクーバー大学の学生で宮崎公立大学に日本語や日本文化の勉強に来ているとのことです。
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 さすが大学生! 城内では飫肥の歴史や建物等の説明を熱心に聞いていました。
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 『旧本丸跡』では、「ここの大きな杉の木立には感動しました。心がいやされて幸せな気持になりすがすがしいです。」と大変気に入ったようです。
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 最後に大手門前で一緒にパチッ!
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 飫肥城での感想を聞くと「いろいろと説明があり、話を聞かないと分からない部分が見えてきて、飫肥の歴史も解った。大変勉強になりました。」と短い間でしたが、とっても喜んでいただきました。
 
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 公立大学は蘇州大学と『学校交流協定』を結んでおり、平成13年頃から毎年研修生の受け入れをしているとのこと、期間中は華道や茶道の他、市民との交流もあるそうです。
 皆さんは12日まで研修し、その後大阪から帰国するそうです。
 引率していただいた田辺先生と学生の皆さん、暑い中での飫肥城見学ありがとうございました。

 飫肥城には、最近多くの外国のお客さんがお見えになるようになりました。資料館等の展示物は、英語だけでなく韓国語、中国語などの説明文も設置し、しっかりおもてなしをしなければいけないと感じました。



今月8月1日から4日にかけて、高文祭に参加した多くの高校生が飫肥城を訪れました。
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 こちらは2日にお見えになった大分県臼杵高校の皆さんです。
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 「私たちは、『琴曲部』のメンバーです。明日都城市総合文化センターで日本音楽の部のコンクールがあります。ここの幸せ杉のパワーをもらってがんばります! 臼杵城はお城跡しかないけど、飫肥城は建物や石積みなど残っていて風情がありますね。」と部長さんのコメントです。
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 宮城県の仙台第2高校の皆さんです。
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 「日南市での将棋大会に参加しましたが、団体男子が16位、個人女子の部は8位でした。」「将棋と四半的は同じくらい難しい! 絶対真ん中を狙ったけど、矢が振るえて難しかった!」と意外と明るくコメントです。
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 黒いシャツの皆さんは、大分高校の『書道部』の皆さんです。
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 こちらのピンクのシャツの皆さんは、福島県の葵高校の新聞委員会皆さんです。 「飫肥城は、会津城に比べて規模が大きく威厳を感じる!」とのコメントです。
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 こちらも新聞部関係の北海道や東北の高校の皆さんです。
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 『旧本丸跡』の杉の木立は北海道ではあまり見かけない風景で、気に入っていただき心も癒していただいたようです。
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 暑い中でしたが、飫肥城下町『食べあるき・町あるき』で、町の中を楽しく散策している元気な高校生の皆さんも多く見かけました。
 今回の高文祭は、口蹄疫で開催も心配されましたが、県民挙げてのおもてなしでお見えになった皆さんは宮崎の魅力と良さを知る機会になったのではないかと思います。
ありがとう!  ロバート !
 日南市国際交流員のロバートが7月で2年間の任期を終えて日南を去りました。
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 ロバートは、2年間の間日南の伝統芸能泰平踊の奴さんをマスターし、本町保存会の一員として活動してきました。
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 彼の力強い踊に、保存会の先輩方も最近は連帯感を感じるようになっていました。
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 観光客の皆さんにも任期があり踊の後の記念撮影では、引っ張りだこでした。
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 一方人力車のボランティア団体『祐兵(すけたけ)クラブ』でも大活躍でした。
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 見た目の細い体と違い、とっても力強く逞しく頼りにされていました。
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 私の知っている限りでは、彼は肌色や言葉が違っていても今までの国際交流員にない親しみを感じていました。
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 彼の何事にも積極的に挑戦し取り組む姿勢には、はっきり言って頭が下がりました。
 7月31日の夕食に誘ったけど彼の都合で叶いませんでした。彼が去ることは寂しいが、その日の夕方に会ったときに彼が日南弁で言った「郡司さん、又日南に来るかいそん時に飲めばいいが!」という言葉の通り再開を楽しみにしています。
 ありがとうロバート! あなたは何処に行っても皆から愛される素晴らしい人です。お元気で!
謎の『侵入者』?
 先日の早朝、飫肥城内に石垣を乗り越えて進入しようとしている奇妙な生物を発見しました。
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 太い方が頭に見えましたが、 良く見ると細いほうが頭のようです。
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 何を目的に侵入しようとしているのか分かりませんが、石垣に根を張っている『オオイタビ』の葛をよじ登ってきたようです。
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 その『オオイタビ』の葛を、先日地元の皆さんのボランティア活動できれいに取り除いていただきました。先ずは一安心です!
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 飫肥城内には、この得体の知れない侵入者以外にも、様々な動植物が潜んでおり油断もすきもできません。ちょっと目を放したすきにどこかに隠れてしまいました。入城される観光客の皆さんに危害がないように、これからも防御を怠らないようにしたいと思います。
『あゆみちゃん』に決定!
 飫肥城下町『食べあるき・町あるき』のイメージキャラクター愛称が決定し、本日発表されました。
『あゆみちゃん』です!食べ歩きマスコット..550

 愛称発表は本日11時から小村記念館で行われました。
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 今回の愛称募集では全国から204件の応募があり、数回の選考会で決定されました。
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 愛称決定を記念して、本町保存会による泰平踊の記念公演が行われました。
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 その後『あゆみちゃん』は観光駐車場のチケット販売所に移動して、早速営業活動の開始です。
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 『あゆみちゃん』の活躍によって『食べあるき・町あるき』マップも今日はまずまずの売れ行きでした。
また、マップを買っていただいた皆さんには、飫肥杉製の箸が一膳プレゼントされましたが、これは日南地区の『林研グループ連絡協議会』の提供でした。ありがとうございました。
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 みごと『あゆみちゃん』の名付け親になっった宮崎市の『外村麻梨子(ほかむらまりこ)』さんと、惜しくも次点になった飫肥小学校6年生の『那須裕梨香(なすゆりか)』ちゃんとそのご家族です。おめでとうございます。
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 名付け親の外村さんには感謝状と副賞の飫肥杉製の様々な商品そして『食べあるき・町あるき』マップ10枚と花束などが贈呈されました。また次点の裕梨香ちゃんには、飫肥商店会より地元のお店の商品や商品、花束などが贈呈されとってもハッピィな日になりました。
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 外村さんに『あゆみちゃん』と名付けた理由を聞くと、「『あゆみ』は漢字で書くと『歩味』です。飫肥は300年以上前の江戸時代の風情の残る城下町です。ここにある伝統的な料理や様々な食べものを味あうだけでなく、その風情のある町並みを味わいながら散策していただく・・・・・と言うことです。」と答えていただきました。
 『あゆみ(歩味)ちゃん』は、『飫肥城下町「食べあるき・町あるき」』にぴったしのネーミングだと思いませんか!
 『あゆみちゃん』の身長はⅠm56cmのかわいいキャラクターです。これは、飫肥が輩出した明治の偉大な外交官『小村寿太郎侯』と同じ身長です。来年度は小村侯没後100年目で節目の年です。小村侯と同じ飫肥で生まれた『あゆみちゃん』がこれから大きく育っていくよう皆さんも応援ヨロシクお願いします。
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