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めざせ小村寿太郎!
 平成24年度「めざせ小村寿太郎国際塾」の開塾式が、国際交流センター「小村記念館」で行われました。
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 開会では、今年度の塾生59名(小学生50名、中学生9名)紹介の後、市長が「皆さんの中からも郷土の偉人『小村寿太郎侯』を超えるような若い人材が育ち、これからの国際社会で活躍して欲しい」とあいさつされました。
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 続いて4名の講師(富永・ケリー・ム―チン・ローラ先生)の紹介や開塾記念イベンが行われました。
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 塾生は、熱心に聞き入り、これからの国際塾に期待を膨らませているようでした。
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 この国際塾は、6月から来年3月まで週2日(火・木曜)に開塾されます。主な内容は、英会話・小村寿太郎侯について学ぶ・外務省訪問・世界の文化など中味の濃いものになっています。会場は主に小村寿太郎侯の業績等が展示してある「小村記念館」を中心に行れます。
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 ところで『小村寿太郎侯』は、6歳で藩校「振徳堂」に入学し14歳で卒業しましたが、その8年間は、英語を学ぶことはありませんでしたが、彼が一生の信条とした「誠」の心が育まれました。
 その後一時長崎留学した後上京し、大学南校(現東大)入学します。ここで彼の頭角が現れ卒業と同時に第一回文部省留学生としてあのハーバード大学に入学します。その一年後には、日露戦争当時のアメリカ大統領「セオドア・ルーズベルト」と「金子堅太郎」が入学します。その後「金子堅太郎」とは、学生時代の三年間アメリカで生活を共にしました。
 小村と金子はその後も親交を続けました。金子は伊藤博文の命で日露戦争終結に向けルーズベルト大統領に仲介を相談し、快諾頂いただきました。このことが、講和条約の成功に結び付くきっかけになったものです。
 ここで大事なことは、二人が身につけた語学力や外国文化などの知識が、その後の外国との交渉等に多いに活かされたということです。
 小村寿太郎国際塾での体験が今後活かされることは間違いありません。塾生が一年間頑張って大きな収穫を得るよう応援します。
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