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 小村寿太郎を育てた小倉処平が、西南の役で飫肥藩騎兵隊を率いて戦い負傷し加療した地に「記念堂」が建立され、その落成式に案内を頂き、出席させて頂きました。
 その地は、宮崎県北部の延岡市北川町川下の岩戸神社の鳥居をくぐった処にありました。
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 和田越えの戦いで負傷し、この川坂の神田伊助氏宅に逃れて加療したと伝わっています。
 その地に記念堂が建立されました。
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 落成式は、「小倉処平を語りつづける会」と地元川坂区自治会の皆さんが中心となって12月3日に開催されました。
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 神事にに先立ち、小倉処平のパネルが日南市岡本文化生涯学習課長さんから、そして処平さんの人形が飫肥出身の高山在京経営者協会長さん等から奉納され、記念堂に納められました。
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 そして地元の皆さんが見守る中神事が行われ、関係者のによる玉串奉奠
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 神事の後は、主催者と来賓の挨拶があり、式典最後はテープカットそして祝いの餅まき
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 その後、会場を母子健康センターに移し直会が開かれました。
  主催者の安藤川坂区区長さんの挨拶の後には、居合道の黒木宮崎県会長さんによる抜刀披露が行われ迫力ある模範演技が行われました。
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 そして祝宴と歓談があり、手づくりの地元料理がふるまわれ、美味しく頂きました。
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 この小倉処平加療の地を守る館「記念堂」は、志を果たすために官軍に向かい、負傷して神田伊助氏宅に逃れて加療し、その翌日に無念の死をを遂げて136年目に建立されました。今日までそのことを想い続けてこられた地元川坂の皆さんに心が打たれます。さらにそのことを語り続けて行こうとする証としての「記念堂」、心から感謝申し上げます。處平が生まれ育った飫肥の地に関わりのある者として、このことを契機に更に繋がりを強くすべきだと考えます。
 日南市民も、この地をぜひ訪れて欲しいと思います。
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