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薩摩街道佐敷の魅力
 南北朝時代に佐敷城下町として発展し、江戸時代に佐敷城が廃城となった後も薩摩街道や人吉街道など交通の要衝にあり宿場町として栄えた佐敷町。
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 佐敷川の下流の薩摩街道に並ぶ町並みは、当時の風情と面影がしのばれます。また、この通りには十三代将軍家定への輿入れに向う篤姫が一泊した薩摩藩のお客屋の「薩摩屋」も並んでいます。
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 街道に沿って町家が軒を接して建ち並んでいますが、家屋は通りに対して少し斜めに建っている「のこぎり家並み」となっていて地割も短冊形です。
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 漆喰塗篭の土蔵造の民家や寺院なども数多く見られます。
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 こちらは、老舗の醤油屋と新聞販売店、この付近が「熊本藩本陣佐敷御茶屋跡」だったそうです。
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 この「薩摩街道佐敷宿交流館」は元々「桝屋」と言うお米屋さんの間取りや柱、梁などを可能な限り活かして建てられたものだそうです。 その交流館の前に「豊臣秀吉宿泊の地」の碑があり、大軍を率いて島津征伐に向かった秀吉がこの辺りに宿泊したとのことですが、現在は普通の民家になっています。
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 社会教育センターの隣にある「天下泰平国土安穏」と書かれた日本一の大瓦モニュメントです。これは佐敷城跡の追手門の近くから出土した全国唯一の文字瓦を模したものです。
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 そのモニュメントの右側には、「佐敷城代加藤重次縁者墓石」が二基建っています。
 案内文によると、この二つの石塔は佐敷城代加藤重次の母親の逆修塔と奥方の墓と伝えられ、子孫である澁谷家及び花北地区住民により、三百年以上守り継がれてきました。しかし、南九州自動車道西回り道路建設工事のため、平成17年3月に現在地に移設されたとのこと。
 また、この墓石に隣接している建物は芦北町立武徳殿。武徳殿は国登録有形文化財で、昭和25年元郡代詰所跡地に柔道や剣道を行う武道場として建てられたもので広い空間を作り出すための工夫として、屋根は菱形のスレートを使用し、広い空間を確保するために柱は少なくしてあるそうです。

 このように佐敷には、歴史的文化的資源が薩摩街道沿いに数多く見受けられます。またこのような貴重な資源がしっかり保存されていることは素晴らしいことだと思います。しかし、保存と同時にこれらの様々な資源を活用し多くの皆さんにその良さを知っていただくことも必要です。そのためには佐敷だけでなく水俣・芦北地域の更なる資源の掘り起こしと磨きに努力され、その魅力を行政やメディア等と連携して地域内外に発信していただくことです。その中心となって尽力されているのが、「水俣・芦北地域雇用創造協議会」だと思います。「薩摩街道ななうら案内人の会」をはじめ様々なまちづくり団体等の皆さんと協働し、地域活性化に向け果敢に挑戦していただきたいものです。 
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