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聖徳記念絵画館
 小村寿太郎侯の足跡ではないが、どうしても見学したかった「聖徳記念絵画館」。
 明治神宮敷地内にあるものと思っていましたが、建物は神宮外苑の国立競技場の隣りに堂々と建っていました。
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 この建物は、明治天皇と皇后のご聖徳を後世に伝えるため、旧青山練兵場跡に大正8年(1919)から7年余りをかけ大正15年に竣工しました。国民の寄付金や勤労奉仕によって造成されたそうです。現在は、国の重要文化財になっています。
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 ここの最大の見所は、館内に展示してある明治天皇のご誕生から大喪の儀までの八十点もの絵画です。全て江戸末期から明治にかけて明治天皇に関わる歴史的な出来事が描かれています。その内建物右側の絵画は日本画、建物左側は洋画で描かれ、それぞれ四十点ずつ展示してあります。
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 その中には、小村記念館に展示してある「ポーツマス講和談判」の実物絵画が展示されています。
 下の小村記念館の写真はそのレプリカですが、絵を画いた画家白滝幾之助は講和会議が開かれていた時、修業のためニューヨークに滞在していたそうです。その講和会議の様子を日本側委員に聞き記録に残していたため、その時の状況が忠実に描かれているそうです。
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 聖徳記念絵画館の近くに神宮球場がありますが、ここは江戸時代の飫肥藩伊東家の下屋敷があったところだそうです。
 現在はヤクルトの本拠地となっています。
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 ところで、聖徳記念絵画館の中には、都城出身で明治の画家「山内多門」の絵画も展示されていました。それは明治5年、明治天皇が西国巡幸中に鹿児島城内に入城される光景が画れたものです。山内多門はこの絵の完成に6年余りの歳月を要したそうです。しかし絵の完成後、1年半後に56歳で亡くなり晩年の代表作となりました。飫肥の由緒施設「旧高橋源次郎家」の襖や屏風にも山内多門によって画かれたものがあります。
 また明治37年(1904)我が国が露国と外交交渉を打ち切り軍事行動に移ることを決定した「対露宣戦御前会議」の壁画には、外務大臣小村寿太郎も画かれています。
 その他ここには幕末の動乱~明治の御一新~近代国家の道~崩御までの歴史的にも大変興味のある壁画が展示してあります。残念ながらこの日訪れたお客さんは少ないようでした。もっともっと多くの皆さんに時間をかけてゆっくり堪能してもらいたいですね。
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