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飫肥伊東家累代墓地
 飫肥城下町を取り巻く天然の堀「酒谷川」に渡ったところの五百禩(いおし)神社(旧報恩寺)にある伊藤家累代墓地は飫肥城下町保存会が管理しています。清掃作業後の様子を見に行ってきました。
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 伊藤家累代墓地は神社本殿の裏にあり石垣で一段高く築かれ手いました。IMG_2768.jpg

 墓地内には、飫肥城初代藩主伊東祐兵(すけたけ)の父義祐(よしすけ)はじめ、歴代藩主の墓があります。
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 また、歴代藩主御正室の墓14基の他、追腹(藩主の後追い切腹)した家臣の墓八基があります。
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 さらに山手側には伊東マンショの母である「町の上」と言い伝えられる墓石が、ひっそりと祀られてました。
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 旧報恩寺は、伊東初代藩主祐兵(報恩公)のために建てられ伊東家菩提寺であったが、明治5年廃仏毀釈により廃寺となった。その時伊東家535年を経ていたので500年を祀るという意味で五百禩(いおし)神社と名づけられたものだそうです。 
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 現在は神社となっているが、庭園は中世に作庭された当初の姿をよく留めています。とりわけ、山の斜面に三連の石橋を架けるという意匠は珍しく、日本の庭園史上でも注目されています。江戸時代には、境内において泰平踊も踊られていました。
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2009/09/06(日) 15:13 | | #[編集]
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