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 日南市飫肥地区に伝わる夏の夜の風物詩、江戸時代の高僧、祐遍(ゆうへん)和尚をしのぶ赤面(あかづら)法印灯ろう流しが命日の8月3日夜、稲荷下橋下の酒谷川で行われ約350個の灯ろうが川面を幽玄の光に染めたました。

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 当日は晴天に恵まれ、灯篭流しは『願成就寺』の門徒の皆さんを中心に準備していただきました。
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 午後7時半から全ての灯篭に灯りがともされ、川崎住職が経を上げた後、参拝者が川の中ほどまで伸びた桟橋から、ろうそくの火をともした灯ろうを次々に流しました。

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 祐遍は江戸初期に飫肥・願成就寺の第五代住職を務めた方だそうです。かなりの美男子で城下の女性にもてたことが、修行の妨げになると、大がまに湯をたぎらせ、わざと熱湯をかぶり、顔面やけどの醜い姿となったとのことです。あまりに変ぼうした彼を祐遍と知らず、人々は赤面坊主とちょう笑するようになったそうです。
 ところが、立ち居、ふるまい、美声までは隠せません。 やがて真相が分かり、心を寄せた女性たちは自らの行状をわび、城下の人々もますます仰慕の念を強くしたとのことです。なかには彼の求道の神髄に触れ、仏道に帰依した人もいたという。 これが「赤面法印」の由来だそうです。
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 その後、「赤面法印」の名で一層人々の尊敬を集め、後年は飫肥春日山願成就寺を興し、1627年(寛永四年)八月三日に亡くなったそうです。
 死ぬ間際「願うものは、必ずその一願を成就せしめん」と言い残したことから、命日の八月三日に門徒らが願い事を灯ろうに書き記して流したのが始まりだそうです。
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 灯ろうには「先祖供養」「家内安全」などといった願い事が記され、家族連れの多くの参拝者は、灯ろうがゆっくりと流れていく様子をじっと眺めていましたが、祐遍法印墓が祀ってあるお堂の真上には月が明るく輝いて、祐遍和尚が参拝者の皆さんの灯ろうを見守っているようでした。
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