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続・飫肥城下町の再点検!
 次に、江戸時代は酒谷川の河川内にあり、大正時代以降に整備された、飫肥新町の『中町通り』を歩きながら調査しました。
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 まず目につくのは、飫肥では昭和の後期まで営業されていた有名な『割烹舞鶴』です。私も若い頃何度かいったことがありますが、今でもその建物の大きさから昔の賑わいがしのばれます。 続いての家屋は、もっと以前に廃業した銭湯だそうです。現在は数店の飲み屋さんがテナントしているようでした。
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 こちらは、すでに営業されなくなった旅館です。まだ飫肥が賑わった頃は、多くのお客さんが泊まられたことでしょう。
 新町『中町通り』では、多くのお店が営業を止めるなか、頑張っている数件の飲み屋さんもあります。でも全体的に空き家が増え寂しい感じがします。
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 ようやく、新町の本通(国道222号)に出てきました。ここから本町商店通りまでは昭和58年から国道拡張工事が行われました。このため、江戸末期から明治初めの建物物群はほとんど取り壊されてしまい、道路巾も6Mから16Mに拡幅されました。
 しかし新築することになった商店の皆さんが、デザインについては和風に統一することなどの取り決めをして、現在の風情のある商店街になったようです。
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 続いて、国道の次の通りで、中級・下級武士の屋敷が多かった『前鶴通り』の調査です。
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 ここで注目したのは、竹垣です。この辺りは平坦地で、土留めを兼ねる石垣の必要がなかったので、竹垣で体裁を保ったものと思われます。
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 通りの途中には、飫肥を代表する枯山水の庭園のある勝目家があります。
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 また、その石垣を良く見ると、飫肥城下町にだけ見られる独特の石積み『飫肥積』が見られます。
 この石積みは、切石乱積の一種とのことですが、局部的に扇模様をなしています。 全体を見ると乱積ですが、特定の根石を定め、周りを囲むように数重に巻いて積み上げてあります。これは、飫肥城本丸の石垣が基になっているそうです。
 いずれにしても飫肥だけしか見られない、趣のある表情豊かな石積みだそうです・・・・なるほど。
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 そして、最後は飫肥城大手門から続く『大手門通り』に出て、この日の再点検事前調査を終えました。
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 今回は、「地域景観づくり緊急支援事業」の事前調査ということしたが、次は、11月~12月に3回のワークショップを開催することになっています。
 参加者には、本日のメンバーに加え飫肥の自治会や高齢者、町づくり団体の皆さんをはじめ、専門家や宮崎大学の学生などの参加も予定されています。
 飫肥の新たな魅力の発見と、今後の景観・歴史資源の保護と活用を図るためにも、協力して行きたいと思います。
 

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コメント
この記事へのコメント
こんばんは
飫肥の景観を守るために皆さん努力されているのですね^^
「やっとし」も頑張っていますね^^;
2009/11/01(日) 19:04 | URL | トウカイピア 竹平 #colnz9TU[編集]
Re: タイトルなし
> トウカイピア 竹平 さん

 昨日の宮崎神宮大祭も雨で、行事変更などもあって大変だったようですね。
 
 飫肥城周辺を調査して、新たな資源を発見するとともに、飫肥の町の深刻な現状にも触れることができました。 今後、地域の皆さんと検討すべき課題です。良いアイデアがあったらお知恵をお貸しください!
2009/11/02(月) 09:54 | URL | obihozonkai #-[編集]
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