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『青山霊園』
 続いて、歴史の森と言われ、『小村寿太郎侯』が眠る『青山霊園』です。
 地下鉄銀座線外苑前駅で下車して徒歩で6~7分のところに緑豊かな『青山霊園』があります。霊園の中は、桜の並木が続いていて喧騒の大都会の中とは思えない静かな場所です。
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 目指す『小村寿太郎侯』の墓地は、乃木将軍通りと呼ばれる桜並木の約150m先にある『警視庁墓地』の近くにありました。
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 墓地は周辺より高めに盛られており、正面には石の鳥居ががあり、奥の中心に墓石が建っています。
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 墓石の裏には亡くなった明治44年(1911年)11月26日が刻んであります。
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 ここ『青山霊園』は我が国最初の公共墓地で、明治7年(1874年)に郡上藩青山屋敷跡に設けられたそうです。現在、1万4千の墓所に12万人余の方々眠っているとのことです。 
 中には、我が国の近代史に名を残す著名人の墓所も数多く眠っています。
 『小村侯』墓地の後ろ斜隣には、『吉田 茂』氏の墓地があります。
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 『吉田 茂』氏は麻生太郎前総理の祖父で、生前、『小村寿太郎候』を歴代外務大臣の中で最も称賛していたことを、麻生氏も述べています。
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 こちらは、有名な小説家『尾崎 紅葉』(本名、徳太郎)の墓地です
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 そして、こちらが明治の偉大な軍人『乃木希典』司令官の墓地。
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 びっくりしたのは、墓石が意外と素朴だったことです。
 乃木将軍は、明治天皇の大喪当日、静子婦人と共に自決されています。
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 この高い墓石は、『池田勇人』元首相の墓です。『池田氏』は吉田茂の最側近として、連合国との講和、冷戦下における日米関係の構築にかかわると同時に、第二次世界大戦後の日本経済の再編成においても指導的な役割を担い、首相就任後は所得倍増計画を打ち出して、日本の高度経済成長の進展にもっとも大きな役割を果たした政治家の一人です。
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 これは、東京帝国大学農学部の上野英三郎教授の墓地ですが、側に小さな『忠犬ハチ公の碑』がありました。
『忠犬ハチ公』は渋谷駅の像で有名ですが、『ハチ公』の慕った上野教授は、1925年(大正14年)5月21日に急死されたようです。
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 しかし、その後も、毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けたといわれ、主人を慕うハチの一途な姿は人々に感銘を与え、「忠犬」と呼ばれるようになったとのことです。

 『小村寿太郎侯』墓地の隣は、加藤 友三郎(かとう ともさぶろう)氏の墓地、加藤氏は、元帥海軍大将で、第21代内閣総理大臣です。(この真後ろに見えるのが『吉田茂』の墓地)
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 またこれは、1932年5・15事件で軍人に殺害された犬養毅(いぬかい つよし)首相の墓地です。犬養首相は「話せばわかる。」と反乱をおこした軍人に声をかけたが、暗殺された話は有名です。
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 犬養毅の殺害により、もう、だれも軍部の暴走を止めることができなくなり、第2次世界大戦の悲劇(ひげき)をむかえることになります。武器をおそれず、軍部をおさえようとした犬養毅の勇気に敬意を表したいものです。

 近くの梅ノ木が、早くも満開でした。
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 このように緑豊かな歴史の森『青山霊園』には、多くの著名人の墓地がありますが、霊園の近くにはいろいろな歴史的名所や記念館などの魅力的場所も数多くあります。 機会があったらまたゆっくり散策してみたいものです。時期的には、桜の咲く頃がいいですね。
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