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『二見家住宅』
 宮崎市高岡町の市指定有形文化財「二見家住宅」が、昨年5月17日から一般公開されています。
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 この住宅の近くには、薩摩藩の関所「去川(さるかわ)の関」があります。
 「去川の関」は、薩摩藩の境目番所の一つで、島津氏、第16代当主 島津義久(1533年~1611年)が、国境防備のため「高岡郷」「穆佐(むかさ)郷」「綾郷」「倉岡郷」、そして佐土原藩へ通ずる『薩摩街道』の要衝に関所を設け、厳しい取り調べが行われたようです。
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 関所の御定番は、「二見岩見守久信」以降、廃藩置県まで「二見家」が11代にわたってつとめてきたそうです。 その二見家が代々住んでいた屋敷が、修復工事を終え現在公開されているものです。
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 木造平屋で、来客者を迎える「座敷棟」と、生活空間として使用した「居室棟」の二棟が、外から見ると分かれているように見えるが、内部ではつながっている「二棟造り」となっています。
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 こちらは、上級身分の人が宿泊や休憩する場所として使われた『座敷棟』、藩主が参勤交代の際に立ち寄ったとのこと。 嘉永6年(1853)には、薩摩藩主島津斉彬が領内巡見のため高岡郷へ向かう途中、二見家で休憩したそうです。
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 『座敷棟』には濡れ縁もあります。これは当時に忠実に復元されているとのこと
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 この濡れ縁の樋は竹でできています。
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 『居室棟』から『座敷棟』を見ると広々としています。
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 また、『居室棟』と『座敷棟』の境のテンマの天井は竹の半割りが並べてあります。
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 土間や板の間も広々としています。
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 こちらは、『居室棟』の板の間にある『囲炉裏』。昔はどこにでもあり懐かしい感じがします。
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 屋根瓦の1箇所だけ残っていた二見家の家紋入り瓦です。
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 16世紀末から江戸初期にかけて、去川は「佐理川」と書き、「さりかわ」とも呼ばれていた。
『薩摩街道』-薩摩城下から領外へ至る街道の中で、極めて重視されていたのは、西目筋(にしめすじ)と東目筋(ひがしめすじ)の二つの街道でした。
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 この『二見家住宅』は、宮崎市と合併前の旧高岡町が、2005年度から修復工事を行い、柱や壁など使える部分は極力再利用した。総事業費は約1億8300万円。敷地面積は1908平方メートルで、述べ床面積は272平方メートル。
 公開日は、土、日、祝日の9:00~16:30で、問合せ先は、宮崎市文化財課(TEL0905-21-1836)です。
 現在、地元住民ボランティアによる、住宅のガイドも行っているようです。
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