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飫肥城由緒施設等の学習
 飫肥地区のお隣の吾田中学校の生徒が飫肥城関係の学習に来ました。
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 「総合的な学習の時間」の中で1年生の120名が、二日間の24班に分かれ、グループごとに城内外各施設を見学しました。
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 小村記念館では、寿太郎侯の等寸大のパネルを中心に記念撮影です。
 明治の偉大な外交官「小村寿太郎侯」は飫肥藩が輩出した我が国の偉人です。
 6歳で飫肥藩校「振徳堂」に入学し14歳で卒業すると、15歳で大学南校(現東京大学)に入学します。
 その後、20歳で文部省第1回留学生として米国ハーバード大学法学部に入学し、22歳で卒業します。
 つまり、ハーバード大学を卒業した日本人第1号ということです。
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 帰国して25歳で司法省に就職し、29歳で外務省に転職しました。その後、38歳で清国代理公使となり、米国公使、露国公使を勤め、46歳で桂太郎内閣の外務大臣となります。
 その後はポーツマス平和条約調印や不平等条約の撤廃などに活躍し、100年前の明治44年に外務大臣を辞職すると、3カ月後の11月26日に精魂尽きて葉山の別荘で亡くなりました。今年は、没後100年目の様々なイベントが企画されています。
 
 ところで、今我が国の外交力が、様々な点で問われています。特にロシア、中国との領地等を巡る外交問題、アメリカの基地問題など完全に行き詰るっている感がします。もし、今の時代に小村寿太郎侯のような人物がいたのなら、このようなことに至ってないと確信します。私利私欲を捨てて国家国民のため誠意を持って交渉にあたった小村侯。
 この中学生たちの中からも、小村侯と並べられる人材が育つことを願っています。
 
 
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