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大切な作業!
 飫肥城下町保存会で保管管理している貴重な資料。
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 これは、全て明治時代初期の古い手紙です。
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 殆どが、飫肥藩の最後の藩主で当時の飫肥(おび)藩知事伊東祐帰(すけより)公に関係するものです。
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 この中からは、大変貴重な手紙も発見されています。例えば明治維新の立役者岩倉具視(ともみ)が、伊東祐帰(すけより)にあてた手紙です。
 実は祐帰公は、正室が亡くなった後に具視の妻の妹文子さんを2番目の妻に迎え、具視とは義理の兄弟の関係にあったのです。
 岩倉具視からの手紙は4通が発見されました。そのうちの1通は、明治10(1877)年4月16日付で、当時東京にいた祐帰公に宛てたもので、旧臣の飫肥士族が西郷軍へ参加するのを心配していた岩倉具視からの返事です。内容は「西郷軍はあちこちで敗走しているので参戦しないように旧臣を説得すべきだが、高圧的に布告するのは良くないので手紙のやりとりで伝えた方がよい。」と助言しているものです。

 ところで当時の伝達手段としての郵便制度は、前島密によって明治4年3月1日(1871年4月20日)スタートしました。当初は、東京~大阪間ではじまりましたが、3日と6時間もかかって郵便を届けたそうです。
 翌明治5年7月には、はやくも日本全国に郵便網がしかれ、日本全国、どこからでも、どこへでも郵便物を届けることができるようになったようです。
 とにかく今の電話のように、1日1日の出来事を正確伝えるため、その手紙の数も相当なものです。
このような貴重な手紙をしっかり保管管理する同時に、内容等の整理もしなければなりません。そのため一通一通を写真で画像管理して整理する作業を、学芸員を中心に地道に行っています。
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