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「中村家住宅」
 次に、沖縄本島の民家では初めて国の重要文化財に指定されている典型的な沖縄の民家「中村家住宅」を見学しました。
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 門にあたる入口部分も琉球石灰岩でできている「屏風(ヒンプン)」と呼ばれる造りになっています。これは塀の外から直接、母屋(ウフヤ)が見えないようにするための沖縄独特のつくりで中国に由来するともいわれますが、その背景には悪鬼直進を防ぐためのものという、風水思想があるとのことです。
 飫肥城の大手門内側の枡形の石垣も似ているようですが、この造りは敵が一気に攻め込まないためのものです。
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 中村家住宅は、19世紀初期頃に建てられたといわれる豪農の住宅で、建築構造は、鎌倉・室町時代の日本建築の流れを伝えているそうです。
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 こちらは板の間、納戸、土間からなるトゥングヮ(台所)と呼ばれる場所とメーヌヤー(前の屋・家畜小屋兼納屋)です。各部屋には特殊な手法が加えられ、士族屋敷の形式に農家の形式である高倉、納屋、畜舎などが付随しており、沖縄の住居建築の特色をすべて備えている屋敷だそうです。
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 ウフヤ(母屋)と呼ばれる座敷は、一番座(客間)、二番座(仏間)、三番座(居間)からなっているとのこと。
 畳間は、すべて6畳かそれ以下で、当時の農民にはその大きさしか許されていなかったといわれています。
 柱は、当時農民には使用を許されていなかったチャーギ(イヌマキ)、イーク(モッコク)が使われ、琉球王府時代に首里の士族の家屋を移したと伝えられています。
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 こちらはカー(井戸)と豚を養っていたフール(豚小屋)です。  昔はどこの家でもこのようなフールがあり、アーチ型の石囲いの中で、豚を飼育していたとのこと・・・・これは珍しい。
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 中村家住宅の周囲の道路や塀などは、沖縄特有の琉球石灰岩が使用され、沖縄の古い町並みを残しているようです。
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 琉球石灰岩は、沖縄県では古くから建材として用いられ、道の石畳や家々を取り囲む石垣などを作るのに使われてきたほか、首里城などのグスクや玉陵などの陵墓もこの石で作られているようです。現在も石垣や亀甲墓などの建材として、また道路舗装用のアスファルトに混ぜる骨材としてあらゆるところに用いられているそうです。しかし、琉球石灰岩を用いた石畳や道路は、雨で水に濡れると非常に滑りやすくなるとのことで、最近はアスファルト道路などに変わってきているようです。
 ところで、沖縄のガイド本によると 今から約500年前、中村家の先祖賀氏は、忠臣かつ琉球王国きっての築城家としてもその名をとどめていた護佐丸(中城城主)が読谷(本島中部)より城を中城に移したとき、共にこの地にその師匠として移ってきたと伝えられています。その後、護佐丸が勝連城主の阿麻和利(あまわり)に滅ぼされてしまうと、中村家の先祖も離散の憂目にあいました。1720年頃、ようやくその家運を盛り返し、この地方の地頭職(本土の庄屋にあたる役職)に任ぜられたとのことです。

 私がいつも眺めている飫肥石を用いた飫肥城下町の石垣も立派ですが、こちらの琉球石灰岩を用いた石垣もそれに劣らぬ素晴らしさがあります。ところが変わってもその地が育んだ知恵と技術が生きていることを感じました。
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