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「きもの供養」と「花朝祭」
 大切にしていた着物を労い感謝する「きもの供養」と懐かしい着物を展示しながら野点などを楽しむ「花朝祭」が行われました。
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 「着物供養」が行われた「五百禩(いおし)神社」には、着物姿の皆さんが神社の本殿での供養行事に参加されていました。
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 この「五百禩神社」は、もともと飫肥初代藩主伊東祐兵(報恩公)のために建てられた「旧報恩寺」で飫肥三大寺の一つとされていたものです。この神社の裏のには伊東家累代の廟所があり、奥まった左隅には、ローマ少年使節伊東満所の母「町の上」の墓石もあります。明治五年に廃寺となりました。 しかし地元の士民などが、旧君累世の遺徳が絶えてしまうことを哀れみ、寺跡に神社を創建したものだそうです。社名は、最後の藩主であった伊東祐相公が、伊東の祖「工藤祐経」六世の孫「伊東祐持」が日向に下り、治所を都於郡(後の「都於郡城」)に建てて五百三十五年経ていたので「五百禩神社」と名付けたらしい。

 続いて会場を「振徳堂」に移して「花朝祭」が華やかに行われました。
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 堂内の「素読の間」には、懐かしい着物をはじめ様々な色や柄の着物が展示されてます。
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 また庭園では、野点のサービスも行われています。
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 一足先に春が訪れた豫章館庭園では、青空の下でゆったりした時間が流れて行きます。
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 お陰で、私も美味しいお抹茶と茶菓子のおもてなしを受け、美味しくいただきました。
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 野点の上手では、岩や桜の木などで拵えられた見事な「酒谷川の花筏」が会場を演出してくれました。
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 この後、市外からお見えになった皆さんや「着物を着てさるく会」など地元の皆さんがご一緒に記念撮影。
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 ところで、この「きもの供養」主催者「きもの三昧匠 きぬたや」のご主人から、「着物姿で『きもの供養』を行うことは、タンスに眠っている着物を着る機会であり、虫干しにもなります。 昔花見の席に小袖を廻らして、宴をするゆかしい遊びがあったそうで、虫干しを家事としてでなく家族や友人などと着物を鑑賞しながら香を聞き、茶を点て、弁当をひろげる楽しい虫干し行事したらどうですか。」と言うもっともなお話を頂きました。
 この後、鹿児島市から団体でお見えになった「よかおごじょ」の皆さんは、着物を着て飫肥の城下町の散策に向かわれました。この様子は次に続きます。
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